概要
ソ連が西ベルリンへの陸上・水上交通を全面封鎖。アメリカとイギリスは約11ヶ月にわたり航空機で食料・燃料・物資を空輸する「ベルリン空輸」を実施。約27万回の飛行で約230万トンの物資を輸送した。最盛期には約90秒ごとに1機が着陸した。
歴史的背景
西側3カ国によるドイツ通貨改革(ドイツマルクの導入)に対し、スターリンはベルリンからの西側排除を企図して封鎖を開始した。核戦争のリスクを回避しつつ対抗するため、トルーマンは空輸を決断した。
地形・地理的特徴
ベルリンはソ連占領地域の中心に位置する飛び地で、西側セクターへの陸上アクセスはソ連の管理下にあった。テンペルホーフ、ガトウ、テーゲルの3つの空港が空輸の拠点となった。
歴史的重要性
冷戦最初の重大な危機であり、西側の団結と決意を示した。NATOの設立(1949年4月)を促進し、ドイツの東西分裂(西ドイツ・東ドイツの成立)を確定させた。テンペルホーフ空港の「干しぶどう爆撃機」は自由の象徴となった。
参考文献
- アンドレイ・チェルニー『キャンディ・ボンバー ベルリン空輸の物語』