概要

1948年の総選挙で国民党(アフリカーナー)が勝利し、アパルトヘイト(「分離」の意)政策を法制化。人口登録法、集団地域法、パス法、混血禁止法、不道徳法などにより、人種間の分離が徹底された。国民の約80%を占める黒人に対し、国土の13%のバンツースタンのみを「祖国」として割り当てた。

歴史的背景

南アフリカでは19世紀から人種差別的法制度が存在したが、1948年の国民党政権がこれを体系的に法制化した。ボーア戦争の記憶とイギリスへの対抗心、黒人労働力の管理、白人特権の維持が動機であった。

地形・地理的特徴

南アフリカの広大な国土全体に人種隔離が適用された。都市部のタウンシップ(ソウェト等)は白人居住区から隔離された黒人居住区。バンツースタン(ホームランド)は内陸の痩せた土地に設定された。ケープタウン、ヨハネスブルグ、プレトリアが政治の舞台。

歴史的重要性

20世紀後半における最も露骨な制度的人種差別として国際的非難の的となった。国連の経済制裁、スポーツ・文化のボイコット、ANCの武装闘争が展開された。1994年の廃止まで約46年間続き、その遺産は現在の南アフリカ社会に深い影を落とす。

参考文献

  • Clark, N.L., 'South Africa: The Rise and Fall of Apartheid'
  • Thompson, L., 'A History of South Africa'