概要

ジューコフとコーネフの率いるソ連軍約250万人がベルリンに総攻撃を開始。ゼーロウ高地での激戦を経て市内に突入し、建物ごとの市街戦を展開した。4月30日にヒトラーが総統地下壕で自殺し、5月2日にベルリン守備隊が降伏。5月8日にドイツは無条件降伏した。

歴史的背景

ソ連軍は東方からの大攻勢(ヴィスワ=オーデル作戦)でオーデル川まで進出していた。ジューコフとコーネフの間のベルリン一番乗り競争がスターリンにより煽られ、両元帥は過度な損害を顧みない攻撃を行った。

地形・地理的特徴

ゼーロウ高地はオーデル川西岸の防御に適した台地で、ソ連軍は正面攻撃で膨大な損害を被った。ベルリン市内の廃墟と地下道がドイツ軍最後の抵抗の場となった。帝国議会議事堂と総統地下壕が最終目標であった。

歴史的重要性

ヨーロッパにおける第二次世界大戦の最終幕であり、ナチス・ドイツの完全な崩壊を意味した。ソ連軍の帝国議会議事堂への赤旗掲揚の写真は戦勝の象徴となった。ベルリンの分割占領は冷戦の最前線を作り出した。

参考文献

  • アントニー・ビーヴァー『ベルリン陥落 1945年』