概要

連合軍がドイツ軍のグスタフ防衛線の中核であるモンテ・カッシーノを4次にわたり攻撃。修道院は2月15日の空爆で破壊されたが、ドイツ軍は瓦礫をさらに強固な防御陣地に転用した。5月18日にポーランド第2軍団がついに山頂を占領した。

歴史的背景

イタリア半島を北上する連合軍は、ドイツのケッセルリンク元帥が構築した防衛線に阻まれた。修道院の軍事利用の有無をめぐって爆撃の是非が議論されたが、最終的に爆撃が決定された(実際にはドイツ軍は爆撃前には修道院内に駐留していなかった)。

地形・地理的特徴

標高519mのモンテ・カッシーノ山頂に建つ聖ベネディクト修道院(529年創建)が、ローマへの進軍路を扼するグスタフ線の要衝であった。急峻な山腹と深い谷がドイツ軍の防御に極めて有利な地形を提供した。

歴史的重要性

第二次大戦のイタリア戦線における最も激烈な戦いの一つ。ポーランド軍によるモンテ・カッシーノ占領はポーランドの軍事的誇りの源泉となっている。文化財と軍事目標の関係をめぐる議論の古典的事例ともなった。

参考文献

  • マシュー・パーカー『モンテ・カッシーノ 最も厳しい戦い』