概要
日本陸軍第15軍の牟田口廉也中将が立案したインド侵攻作戦。約9万の兵力で補給を無視した攻勢を敢行したが、イギリス軍の反撃と補給断絶により壊滅的敗北。戦死・病死・餓死者約3万人、戦傷・病者約4万人を出した日本陸軍史上最悪の作戦。
歴史的背景
日本軍はビルマを占領し、さらにインドに進攻してイギリスのインド支配を揺さぶる構想を持った。牟田口中将は「敵から奪え」という補給計画で作戦を強行。上層部の反対を押し切っての実行であった。
地形・地理的特徴
ビルマとインドの国境に位置するアラカン山脈は標高2,000m以上の険しい山岳地帯。補給路のない密林と山岳を徒歩で越える作戦は、モンスーンの豪雨と相まって補給の完全途絶を招いた。「白骨街道」と呼ばれる撤退路に兵士の遺骨が散乱した。
歴史的重要性
日本軍の無謀な作戦立案の象徴。「インパール」は日本語で「無謀な計画」の代名詞となっている。ビルマでの敗北は日本の南方戦線の崩壊を決定づけ、東南アジアの日本占領の終焉を早めた。
参考文献
- 日本軍作戦記録
- イギリス軍記録