概要

太平洋戦争の転換点となった6カ月間の消耗戦。1942年8月7日にアメリカ海兵隊が上陸し、日本軍の建設中の飛行場を占領。以後、日本軍は陸海空から奪回を試みたが、一木支隊の全滅、川口支隊の敗退、第二師団の総攻撃失敗と連続して挫折。海戦も第一次・第二次ソロモン海戦、サボ島沖海戦など激戦が繰り返された。1943年2月に日本軍は撤退を決定した。

歴史的背景

日本軍はミッドウェー海戦の敗北後も南太平洋での攻勢を続け、オーストラリアとアメリカの連絡線を遮断すべくソロモン諸島に進出した。ガダルカナル飛行場の完成はオーストラリアへの直接的脅威となるため、アメリカ軍は当初の計画を前倒しして反攻作戦を開始した。両軍にとって補給線の維持が戦いの帰趨を決する要因となった。

地形・地理的特徴

ガダルカナル島はソロモン諸島最大の島で、中央に標高2000メートル超の山脈が走り、北岸に狭い海岸平野が広がる。高温多湿の熱帯雨林に覆われ、マラリアが蔓延する過酷な環境。日本軍が建設中だった飛行場(後のヘンダーソン飛行場)は北岸の平坦地に位置し、その支配が制空権と南太平洋の戦略バランスを左右した。

歴史的重要性

太平洋戦争における日本軍の攻勢から守勢への転換点。日本軍は約2万名の死者(うち多くが餓死・病死)を出し、「餓島」と呼ばれた。アメリカにとっては水陸両用作戦と島嶼戦の経験を蓄積し、以後の「飛び石作戦」の基礎となった。ソロモン諸島の人々にも甚大な被害をもたらし、不発弾問題は現在も未解決である。

参考文献

  • Frank, R. 'Guadalcanal: The Definitive Account' (1990)
  • 亀井宏『ガダルカナル戦記』(1987)