概要
1941年12月7日朝、日本海軍の6隻の空母から発進した353機の攻撃機がハワイのアメリカ太平洋艦隊基地を奇襲攻撃。戦艦アリゾナを含む4隻が沈没、4隻が損傷。188機のアメリカ軍機が地上で破壊された。アメリカ側の死者は2403人。しかし空母3隻は出港中で無事、港湾施設と燃料貯蔵施設も無傷で残った。
歴史的背景
日米関係は日中戦争、仏印進駐を巡り悪化し、アメリカの対日石油禁輸(1941年7月)が危機を決定的にした。東條英機内閣は外交交渉と並行して開戦準備を進め、山本五十六が立案した真珠湾攻撃計画が採用された。宣戦布告の通知が遅れ「騙し討ち」となった。
地形・地理的特徴
オアフ島南岸のパールハーバーは太平洋艦隊の母港。真珠湾は狭い入口を持つ天然の良港で、フォード島を中心に戦艦が係留されていた。攻撃隊はオアフ島北方から南下して奇襲した。
歴史的重要性
「恥辱の日」(Day of Infamy)としてアメリカの参戦を決定づけ、孤立主義を終焉させた。ルーズベルトの議会演説の翌日に宣戦布告。空母の生存が後の太平洋戦争(ミッドウェー海戦等)でアメリカの勝利を可能にした。アメリカ本土への攻撃の衝撃は9.11テロまで匹敵するものがなかった。
参考文献
- Prange, At Dawn We Slept
- Toll, Pacific Crucible