概要
1937年12月、日本軍は南京を占領。占領前後に捕虜・敗残兵・民間人に対する大規模な殺害、暴行、略奪が行われた。犠牲者数は日中間で見解が分かれるが、東京裁判では20万人以上、中国側は30万人以上と主張する。安全区を設けたジョン・ラーベらの活動で一部市民が保護された。
歴史的背景
上海戦の激戦で多大な損害を被った日本軍は、補給が追いつかないまま南京攻略を強行。松井石根司令官は軍紀維持を命じたが徹底されなかった。蒋介石は南京を放棄して重慶に遷都し、長期持久戦に転じた。
地形・地理的特徴
南京は長江南岸に位置する中華民国の首都であった。紫金山を背に長江に面した地形は、守るに易く攻めるに難い要害であるが、中国軍の防衛体制は不十分であった。揚子江沿岸の下関では渡河を試みる兵士・民間人が殺害された。城壁に囲まれた都市構造が逃走を困難にした。
歴史的重要性
日中関係における最大の歴史問題の一つとなり、戦後の東京裁判でも主要な訴因となった。国際社会における日本の信用を決定的に失墜させ、日中和解の障害として現在も影響を持つ。歴史認識問題の象徴的事件。
参考文献
- 『南京事件』笠原十九司
- 『南京の真実』ジョン・ラーベ