概要

1937年7月7日夜、盧溝橋付近で日本軍と中国軍の間で銃撃が発生し、日中全面戦争に発展した。当初は現地解決が図られたが、近衛文麿内閣の対応が二転三転する中で戦線は拡大。8月には第二次上海事変に発展し、12月に南京を占領。「事変」と呼ばれたが実質的な全面戦争となり、1945年まで8年間続いた。

歴史的背景

満州事変以降の日中関係の悪化、華北分離工作への中国側の反発、西安事件後の第二次国共合作による中国の抗日統一戦線形成が背景。近衛内閣は「国民政府を対手とせず」声明で和平の道を自ら閉ざした。

地形・地理的特徴

盧溝橋は北京南西の永定河に架かる石造橋で、中世以来の交通の要衝。マルコ・ポーロ橋とも呼ばれる。華北平原への入口に位置し、北京防衛の要所であった。日本軍は豊台に駐屯しており、中国軍との接触地点であった。

歴史的重要性

日中戦争の長期化は日本の国力を消耗させ、南方進出と太平洋戦争への道を開いた。中国では3,500万人以上が犠牲となり、国共内戦の帰趨にも影響した。日中関係に今日まで影を落とす歴史問題の原点となった。

参考文献

  • 『盧溝橋事件』秦郁彦
  • 『日中戦争全史』笠原十九司