概要
正式には「民族と国家の危難を除去するための法律」。政府に4年間の立法権を付与し、議会と大統領の承認なしに法律を制定できる権限をヒトラーに与えた。社会民主党のみが反対し、共産党議員は既に逮捕・地下潜行していた。カトリック中央党は教会の権利保護と引き換えに賛成した。
歴史的背景
2月27日の国会議事堂放火事件を口実に、大統領緊急令で基本的人権が停止されていた。3月5日の選挙でナチ党は43.9%を得票したが過半数には達せず、連立パートナーの国家人民党の支持を必要とした。
地形・地理的特徴
国会議事堂が放火で使用不能となったため、クロル・オペラハウスが臨時議場として使用された。SA突撃隊が建物を包囲し、反対派議員に対する物理的な威圧が行われた。
歴史的重要性
ワイマール民主主義の合法的手続きによる自殺であり、「合法的革命」の完成を意味した。この法律により議会は形骸化し、ナチスの一党独裁が確立された。民主主義が内部から崩壊する過程の古典的事例として研究されている。
参考文献
- イアン・カーショー『ヒトラー 1889-1936 慢心』