概要

1932年5月15日、海軍青年将校と陸軍士官候補生、血盟団関係者らが首相官邸を襲撃し、犬養毅首相を射殺した。「話せばわかる」「問答無用」のやり取りは有名。日本銀行や変電所も襲撃されたが、大規模な蜂起には至らず鎮圧された。犯人たちには国民から多数の助命嘆願が寄せられ、軽い判決が下された。

歴史的背景

世界恐慌の影響による農村の疲弊、政党政治への不信、満洲事変を受けた国家改造運動の高まりが背景。血盟団事件(井上日召による要人暗殺)に続く右翼テロの一環で、「一人一殺」の思想と国家改造論が結合した。犬養首相の満洲国不承認方針への軍部の反発もあった。

地形・地理的特徴

首相官邸は東京永田町の高台に位置し、政治の中枢であった。海軍青年将校らは首相官邸のほか、日本銀行、内大臣官邸、政友会本部、変電所などを同時に襲撃する計画で、帝都の中枢機能を麻痺させようとした。

歴史的重要性

戦前最後の政党内閣(犬養内閣)の終焉を意味し、以後は軍部・官僚主導の挙国一致内閣が常態化した。犯人への寛大な処分は軍人のテロを事実上容認する空気を生み、二・二六事件への伏線となった。政党政治の終焉は日本の戦争への道を決定的にした。

参考文献

  • 『五・一五事件』高橋正衛
  • 『昭和史』半藤一利