概要

1927年、片岡蔵相が国会答弁で東京渡辺銀行の破綻を失言したことをきっかけに取り付け騒ぎが全国に波及。台湾銀行が鈴木商店への巨額融資で経営危機に陥り、枢密院がモラトリアム緊急勅令を否認したため若槻内閣は総辞職。後継の田中義一内閣が3週間のモラトリアムを実施して沈静化した。この恐慌で中小銀行が淘汰され、五大銀行への資本集中が進んだ。

歴史的背景

第一次世界大戦後の反動不況、1923年関東大震災による震災手形の未処理問題が根底にあった。政府は震災手形を日銀に再割引させて救済を試みたが、不良債権の処理は先送りされていた。大戦中の好景気で膨張した鈴木商店をはじめとする企業群の過剰投資が、戦後の景気後退で表面化した。

地形・地理的特徴

東京を中心とする都市部の銀行が取り付け騒ぎの舞台となった。関東大震災後の震災手形処理問題が引き金となり、片岡直温蔵相の失言から台湾銀行・鈴木商店の経営危機が表面化した。都市部に集中した金融機関の連鎖的破綻は、日本の近代金融システムの脆弱性を露呈した。

歴史的重要性

中小銀行の大量淘汰により日本の銀行制度が寡占化し、財閥系大銀行を中心とする金融体制が確立した。また政党政治への不信が高まり、のちの軍部台頭の遠因となった。モラトリアム実施は非常時の金融政策の先例となった。

参考文献

  • 『昭和金融恐慌史』日本銀行調査局
  • 『日本金融史資料』大蔵省