概要
ムスタファ・ケマル(アタテュルク)はセーヴル条約による国土分割に抵抗し、アンカラに大国民議会を設立してトルコ独立戦争を指導した。ギリシャ軍をサカリヤの戦い(1921年)と大攻勢(1922年)で撃退し、ローザンヌ条約(1923年)で国際的承認を獲得。共和国を宣言し、カリフ制廃止、世俗化改革、ラテン文字採用など急進的近代化を推進した。
歴史的背景
第一次世界大戦でのオスマン帝国の敗北後、セーヴル条約(1920年)でアナトリアの大部分が列強・ギリシャ・アルメニアに分割される予定であった。スルタン政府の無力さに対し、ケマルが民族運動を組織した。
地形・地理的特徴
アンカラはアナトリア中央の高原都市で、四方を平原に囲まれた防御に適した内陸の要地。イスタンブールが連合軍に占領される中、アナトリア内陸のアンカラが抵抗運動の拠点として選ばれた。
歴史的重要性
トルコ共和国の建国はイスラム世界初の世俗的国民国家であり、中東の近代化モデルとなった。アタテュルクの改革(世俗主義・国民主義・共和主義など六原則)はトルコ国家の基盤を形成し続けている。
参考文献
- Atatürk (A. Mango)
- The Rise of Modern Turkey (B. Lewis)