概要

イギリス軍のレジナルド・ダイアー准将が、平和的に集会していた約2万人のインド人群衆に対し無警告で発砲を命じた。約10分間に1650発の弾丸が撃ち込まれ、公式発表で379人が死亡、1200人以上が負傷(実際にはさらに多いとされる)。植民地支配の暴力性を象徴する事件。

歴史的背景

第一次世界大戦後のローラット法(令状なしの逮捕を認める法律)への反対運動が高まる中、アムリットサルでは逮捕された指導者の釈放を求める運動が拡大していた。ダイアーは集会を反乱と見なし発砲を命じた。

地形・地理的特徴

アムリットサルのジャリアンワーラー・バーグは壁に囲まれた狭い広場。出入口は一つしかなく、集まった群衆が逃げ場を失う構造であった。シク教の聖地ハルマンディル・サーヒブ(黄金寺院)に隣接。

歴史的重要性

インド独立運動の決定的転換点。ガンジーがイギリスとの協力路線を放棄し、非協力運動へ転じるきっかけとなった。タゴールはこの事件に抗議して爵位を返上。2019年にイギリスのメイ首相が「恥ずべき汚点」と述べたが、公式な謝罪はなされていない。

参考文献

  • Nigel Collett, The Butcher of Amritsar, 2005
  • Kim Wagner, Amritsar 1919, 2019