概要
ソヴィエト・ロシアとドイツ・オーストリアの間で締結された講和条約。ロシアはフィンランド、バルト三国、ポーランド、ウクライナの広大な領土(人口の1/3、工業力の半分以上)を放棄した。トロツキーは「戦争もなく、平和もなく」と一時交渉を拒否したが、ドイツの進軍再開でレーニンが署名を押し切った。
歴史的背景
レーニンの「即時和平」の公約を実現するため、いかなる犠牲を払ってでも戦争から離脱する必要があった。ボリシェヴィキ内部ではブハーリンらの革命戦争論と、レーニンの現実主義が激しく対立した。
地形・地理的特徴
ブレスト=リトフスクはブーク川沿いの要塞都市で、ドイツ軍占領下の東部戦線後方に位置していた。交渉はブレスト要塞内で行われ、ボリシェヴィキ代表団はドイツ軍の圧倒的軍事力を背景にした過酷な条件を受け入れざるを得なかった。
歴史的重要性
ロシアの第一次大戦からの離脱を実現し、ボリシェヴィキ政権の存続を可能にした。しかし領土の大幅な喪失は国内で大きな反発を招き、内戦の一因となった。ドイツの敗戦により条約は無効化されたが、東欧の新国家群の誕生を促進した。
参考文献
- ジョン・ウィーラー=ベネット『ブレスト=リトフスク 忘れられた平和』