概要
英仏連合軍がドイツ軍の防衛線に対して大攻勢を開始。初日(7月1日)だけでイギリス軍は約57,000人の死傷者(うち約19,000人戦死)を出し、イギリス軍史上最悪の一日となった。9月15日には戦車が史上初めて実戦投入された。4ヶ月の戦いで約13km前進し、両軍合計約120万人の死傷者を出した。
歴史的背景
ヴェルダンへのドイツ軍の圧力を軽減するため、予定を繰り上げて攻勢が開始された。ヘイグ将軍は砲兵準備射撃でドイツの防衛線を粉砕できると楽観視したが、深い地下壕に退避したドイツ兵には効果が限定的であった。
地形・地理的特徴
ソンム河畔の白亜質丘陵地帯は、ドイツ軍が3重の塹壕線を構築した堅固な防御陣地であった。地下壕に退避したドイツ兵は、7日間の準備砲撃にも耐えて機関銃陣地に復帰した。
歴史的重要性
第一次世界大戦の無意味な大量殺戮の象徴であり、「失われた世代」という概念を生んだ。キッチナー志願兵(パルス大隊)の壊滅はイギリス社会に深い傷を残した。戦車の初投入は機甲戦の幕開けを告げた。
参考文献
- ウィリアム・フィルポット『血の勝利 ソンムの戦いの再考』