概要
第一次世界大戦中、イギリス主導の連合軍がオスマン帝国の首都コンスタンティノープルへの海路確保を目的としてガリポリ半島に上陸作戦を実施。1915年4月25日、オーストラリア・ニュージーランド合同軍団(ANZAC)がアンザック・コーヴに上陸したが、ムスタファ・ケマル率いるトルコ軍の猛烈な抵抗に遭い、8カ月間の塹壕戦の末に撤退。ANZACの死者は約1万1000名に達した。
歴史的背景
ロシアの要請に応えてダーダネルス海峡を突破し、黒海への補給路を確保することが戦略目的であった。海軍のみでの突破に失敗した後、ウィンストン・チャーチル海軍大臣の主導で地上作戦が決定された。しかし不十分な情報収集と計画、海岸防備の過小評価が作戦の失敗を招いた。
地形・地理的特徴
ダーダネルス海峡の西岸に位置するガリポリ半島は、狭い海岸から急峻な断崖と丘陵が続く防御に適した地形。ANZAC部隊が上陸したアンザック・コーヴは幅わずか数百メートルの砂浜で、背後には急斜面が迫り、トルコ軍の高地陣地からの射撃にさらされた。夏季の酷暑と水不足、冬季の厳寒が兵士を苦しめた。
歴史的重要性
軍事的には失敗だったが、オーストラリアとニュージーランドの国民意識の形成において決定的な転換点となった。「ANZAC精神」(勇気、仲間意識、ユーモア)は両国のナショナル・アイデンティティの核心となり、4月25日はANZACデーとして最も神聖な国民の日とされている。イギリス帝国への従属からの精神的独立の始まりでもあった。
参考文献
- Bean, C.E.W. 'The Official History of Australia in the War of 1914-1918' (1921-42)
- Carlyon, L. 'Gallipoli' (2001)