概要
ドイツ軍が史上初めて大規模に塩素ガスを使用した戦闘。4月22日、黄緑色のガス雲がフランス・アルジェリア兵の陣地に向かって流れ、約6,000人が死亡。連合軍は一時的に5km後退したが、ドイツ軍は予備兵力不足で突破口を拡大できなかった。
歴史的背景
西部戦線の膠着を打破するため、フリッツ・ハーバーが開発した毒ガスが兵器として投入された。ハーグ条約で毒ガスの使用は禁止されていたが、ドイツは条約の解釈を拡大して使用を正当化した。
地形・地理的特徴
フランドルの低地平野は水はけが悪く、塹壕が常に浸水する劣悪な環境であった。イープル周辺の僅かな高地が戦略的に重要であり、パッシェンデール尾根の争奪が繰り返された。
歴史的重要性
化学兵器の大量使用という新たな戦争の恐怖を世界に示した。以後、双方がマスタードガスなど各種化学兵器を使用する化学戦が展開された。戦後のジュネーヴ議定書(1925年)による化学兵器禁止の契機となった。
参考文献
- ティム・クック『毒のない弾丸 イープルの毒ガス 1915年』