概要
インド総督カーゾンがベンガル州をヒンドゥー教徒多数の西ベンガルとムスリム多数の東ベンガル・アッサムに分割。表向きは行政効率の改善だが、実際にはベンガルのナショナリズム運動を分断する意図。スワデーシー(国産品愛用)運動とボイコット運動が全インドに拡大した。
歴史的背景
ベンガルは当時のインドの知的・政治的中心であり、国民会議派の最も強力な基盤であった。カーゾン総督はベンガルのナショナリズムをヒンドゥー・ムスリムの対立を利用して弱体化させようとした。
地形・地理的特徴
ベンガル地方はガンジス・ブラマプトラ両大河のデルタ地帯で、人口稠密かつ肥沃な農業地帯。カルカッタを中心とする知識人層の政治的影響力が大きく、分割はこの影響力を削ぐことも目的であった。
歴史的重要性
インド民族運動の急進化の転換点。スワデーシー・ボイコット運動は後のガンジーの非協力運動の原型となった。1911年に分割は撤回されたが、宗教別の政治動員の先例を作り、後のインド・パキスタン分離の遠因ともなった。
参考文献
- Sumit Sarkar, The Swadeshi Movement in Bengal, 1973
- John McLane, Indian Nationalism and the Early Congress, 1977