概要
セオドア・ルーズベルト大統領の主導で建設されたパナマ運河。フランスのレセップスが1880年代に試みたが失敗。アメリカはパナマのコロンビアからの分離独立(1903年)を支援して運河地帯を確保。ウィリアム・ゴーガス軍医による蚊の駆除がマラリアと黄熱病を激減させた。約75000人の労働者(多くはカリブ海諸島出身)が建設に従事し、約5600人が死亡。
歴史的背景
大西洋と太平洋を結ぶ運河は16世紀以来の夢であった。フランスの失敗(約20000人が黄熱病等で死亡)後、アメリカはニカラグアとパナマのルートを検討。パナマのコロンビアからの独立をアメリカが支援する代わりに運河建設権を獲得するという強引な手法が用いられた。
地形・地理的特徴
パナマ地峡の最狭部を横断する約82kmの運河。ガトゥン湖を中心に閘門式で太平洋と大西洋を結ぶ。クレブラカットは硬い岩盤を13km掘削する最大の難工事であった。熱帯の高温多湿環境ではマラリアと黄熱病が最大の脅威であった。
歴史的重要性
世界海運を革命的に変え、ニューヨークからサンフランシスコまでの航路を約13000km短縮した。アメリカの「棍棒外交」と中南米支配の象徴でもあった。1999年12月31日にパナマに返還。2016年に拡張工事が完了し、より大型の船舶が通過可能に。
参考文献
- McCullough, The Path Between the Seas
- Parker, Panama Fever