概要
1903年11月3日、アメリカの暗黙の支援の下、パナマがコロンビアから独立を宣言した。背景にはアメリカとコロンビアの運河条約交渉の決裂があった。アメリカ海軍の軍艦ナッシュビルがコロン港に展開し、コロンビア軍の上陸を阻止した。独立からわずか15日後にブノー=ヴァリーリャがアメリカとの運河条約(ヘイ=ブノー=ヴァリーリャ条約)に署名し、運河地帯の永久租借権をアメリカに付与した。
歴史的背景
パナマは19世紀を通じてコロンビア(ヌエバグラナダ)の一州であったが、地理的隔絶と経済的利害の相違から分離意識が存在した。コロンビア上院がアメリカとの運河条約を否決したことで、パナマの有力者とアメリカの利害が一致した。フランス人技師ブノー=ヴァリーリャがパナマ独立派とアメリカ政府を仲介した。
地形・地理的特徴
パナマ地峡はコロンビアの最北端に位置し、首都ボゴタからは密林と山岳地帯で隔てられていた。パナマシティから陸路でコロンビア内陸部に到達することは極めて困難で、海路に依存していた。この地理的隔絶がパナマの分離意識を強め、コロンビア中央政府による迅速な軍事介入を困難にした。
歴史的重要性
アメリカの「棍棒外交」の典型例として批判され、ラテンアメリカにおける反米感情の一因となった。セオドア・ルーズベルト大統領は後に「I took the Isthmus(地峡を奪った)」と述べたとされる。パナマ運河地帯のアメリカ支配は冷戦期の反米運動を招き、1977年のカーター=トリホス条約による返還合意へと繋がった。
参考文献
- Ovidio Diaz-Espino, How Wall Street Created a Nation
- David McCullough, The Path Between the Seas