概要
ニューサウスウェールズ、ビクトリア、クイーンズランド、南オーストラリア、西オーストラリア、タスマニアの6植民地が合併し、オーストラリア連邦が成立した。1901年1月1日、シドニーのセンテニアル・パークで初代総督ホープタウン伯が宣言を読み上げた。初代首相エドマンド・バートンの下、連邦憲法が施行され、移民制限法(白豪主義政策)が最初の主要立法の一つとなった。
歴史的背景
1890年代の経済不況と労働運動の高揚が植民地間の統合を促した。防衛上の懸念(フランス・ドイツの太平洋進出)、関税障壁の撤廃による経済統合、移民制限の統一的実施などが連邦化の動機となった。ヘンリー・パークスの1889年のテンターフィールド演説が連邦運動を本格化させ、数次の国民投票を経て実現した。
地形・地理的特徴
オーストラリア大陸は約769万平方キロの広大な面積を持ち、6つの植民地は沿岸部の都市を中心に発展していた。大陸内部の乾燥地帯が各植民地を隔てており、通信・鉄道の整備が連邦化の物理的前提となった。メルボルンのロイヤル・エキシビション・ビルディングで最初の連邦議会が開催された。
歴史的重要性
世界初の大陸規模の連邦制民主国家の誕生。先進的な選挙制度(女性参政権は1902年に連邦レベルで実現)を持つ一方、白豪主義政策により非白人移民を排除する人種差別的国家でもあった。イギリス帝国内の自治領として独自の国際的地位を確立し、後のANZAC精神による国民意識の形成へとつながった。
参考文献
- Hirst, J. 'The Sentimental Nation: The Making of the Australian Commonwealth' (2000)
- Irving, H. 'To Constitute a Nation' (1997)