概要

「扶清滅洋」(清を助け西洋を滅ぼす)を掲げる義和団が北京の外国公使館を包囲。西太后が列国に宣戦布告する暴挙に出たが、日英米仏独露伊墺の八カ国連合軍に敗北。辛丑条約で巨額の賠償金(4.5億両)を課された。

歴史的背景

キリスト教の布教拡大と外国勢力の中国浸透への反発が背景。義和団は白蓮教系の武術結社で、「刀槍不入」(弾丸を跳ね返す)の呪術を信じた。西太后は義和団を利用して列国に対抗しようとした。

地形・地理的特徴

義和団は山東省の農村から北京・天津に展開。北京の列国公使館区域が55日間包囲された。八カ国連合軍は天津の大沽砲台から上陸して北京に進軍。

歴史的重要性

清朝の権威を完全に失墜させ、半植民地化を深化。辛丑条約の賠償金は清の財政を圧迫し、新政(近代化改革)への圧力となった。辛亥革命の伏線。

参考文献

  • 『清史稿』
  • 『庚子国変記』