概要
日本公使・三浦梧楼の指揮の下、日本人壮士と訓練隊兵士が景福宮に侵入し、朝鮮王妃・閔妃(明成皇后)を殺害。遺体を焼却するという残虐な犯行であった。ロシアに接近して日本の影響力排除を図る閔妃を除去する目的であった。
歴史的背景
日清戦争後、三国干渉で日本の影響力が低下すると、閔妃はロシアに接近して日本を牽制する外交を展開。日本公使館はこれを脅威と見なし、閔妃排除を決断した。
地形・地理的特徴
景福宮は朝鮮王朝の正宮で、北岳山を背にした広大な宮城。乾清宮(王妃の居住区域)への侵入は宮城の構造を知る協力者がいなければ困難であり、日本公使・三浦梧楼の指揮下で周到に計画された。
歴史的重要性
近代外交史上稀にみる暴挙として国際的非難を受けた。高宗はロシア公使館に避難し(俄館播遷1896年)、朝鮮の政治は列強の角逐の場となった。韓国では「国母暗殺」として日本への強い感情を生み、今日の日韓関係にも影響を与えている。
参考文献
- 朝鮮王朝実録
- 日本外務省記録