概要
全琫準率いる東学農民軍が不正な地方官への抗議から蜂起。黄土峴で官軍を破り全州を占領。朝鮮政府が清に援軍を要請すると日本も出兵し、日清戦争の直接的原因となった。農民軍は12か条の弊政改革案を掲げ、身分制の廃止、土地制度改革などを要求した。
歴史的背景
朝鮮末期の農村は過重な税負担、地方官の収奪、外国商人の穀物買い占めにより疲弊していた。東学は崔済愚が創始した宗教運動で、「人乃天」(人がすなわち天)の思想が下層民に広まっていた。
地形・地理的特徴
全羅道の広大な平野部が農民軍の活動拠点。黄土峴の戦いでは丘陵地形を利用した農民軍が官軍を撃破。全州城攻略後は全羅道一帯に「弊政改革案」を実施する農民自治が実現した。
歴史的重要性
朝鮮近代史の転換点。日清戦争を誘発し、東アジアの国際秩序を根本的に変えた。農民の主体的な社会改革運動として韓国の民主化運動の源流と位置づけられている。1980年の光州民主化運動との連続性が指摘される。
参考文献
- 朝鮮王朝実録
- 東学農民戦争記録