概要
足尾銅山の鉱毒が渡良瀬川流域の農業に壊滅的被害を与えた日本初の公害事件。衆議院議員・田中正造は議会で再三問題を取り上げ、1901年には議員を辞して明治天皇に直訴を試みた。谷中村の強制廃村は近代日本の暗部を象徴する。
歴史的背景
足尾銅山は日本最大の銅山として急成長したが、精錬過程で出る亜硫酸ガスと廃液が環境を破壊。被害農民の訴えは長年無視された。
地形・地理的特徴
足尾銅山は渡良瀬川上流の山中に位置。銅の精錬から出る鉱毒が渡良瀬川に流れ込み、下流の農地約660ヘクタールが汚染された。
歴史的重要性
日本の公害問題の原点。田中正造の闘いは社会運動・環境運動の先駆。後の四大公害訴訟や環境保護運動に精神的な影響を与えた。
参考文献
- 田中正造関連文書