概要

ビスマルクの主催により14カ国(アフリカからの参加者なし)がベルリンに集まり、アフリカ大陸の植民地分割のルールを策定。「実効支配の原則」により、領有の主張には現地での実際の支配が必要とされた。コンゴ川・ニジェール川の自由航行、奴隷貿易の禁止も決定された。

歴史的背景

1880年代にヨーロッパ列強のアフリカへの関心が急速に高まった。レオポルド2世のコンゴ進出、フランスとイギリスの西アフリカでの競争、ドイツの植民地参入が重なり、紛争を回避するための国際的ルール作りが必要となった。

地形・地理的特徴

会議はベルリンで開催されたが、対象となったアフリカ大陸は3000万km²の広大な領域。ヨーロッパ列強はアフリカの地理・民族の実態をほとんど理解せずに地図上で国境線を引いた。河川(コンゴ川、ニジェール川)が自然の境界として利用されたが、多くの直線的国境は民族分布を無視した。

歴史的重要性

「スクランブル・フォー・アフリカ」を制度化し、1914年までにアフリカの約90%がヨーロッパの支配下に置かれた。民族・言語・文化を無視した直線的国境線は、現在のアフリカの民族紛争の構造的原因となっている。アフリカ人不在での大陸の分割は植民地主義の象徴。

参考文献

  • Pakenham, T., 'The Scramble for Africa'
  • Wesseling, H.L., 'Divide and Rule: The Partition of Africa'