概要
金玉均・朴泳孝ら開化派が日本公使・竹添進一郎の支援を受けてクーデタを敢行。新政権を樹立し14か条の改革綱領を発表したが、袁世凱率いる清軍の介入によりわずか3日で失敗。金玉均は日本に亡命し、10年後に上海で暗殺された。
歴史的背景
清仏戦争で清の軍事力が低下したと見た開化派が、日本の明治維新をモデルとする急進的近代化を目指してクーデタを計画。門閥廃止、租税改革、人材登用制度の改革などを掲げた。
地形・地理的特徴
郵征局の落成祝宴がクーデタの発端となった。王宮(昌徳宮)への国王移動ルート上での武力行使が計画されたが、清軍の営所が至近距離にあり、クーデタ政権の維持は地理的にも困難であった。
歴史的重要性
朝鮮近代化の最初の試みとして評価される。14か条改革綱領は甲午改革(1894年)の先駆。天津条約(1885年)により清日両国が朝鮮から撤兵し、次の衝突(日清戦争)への伏線が敷かれた。
参考文献
- 朝鮮王朝実録
- 甲申日録