概要
エジプト民族主義将校アフマド・アラービー・パシャの反乱を口実に、イギリス軍がエジプトに軍事介入。アレクサンドリアの砲撃とテル・エル・ケビールの戦いでエジプト軍を撃破し、カイロを占領した。形式的にはオスマン帝国の宗主権とムハンマド・アリー朝の統治が継続されたが、実質的にはイギリスの支配下に置かれた。
歴史的背景
スエズ運河の株式をイギリスが買収(1875年)した後、エジプトの対外債務問題が深刻化。イギリス・フランスの財政干渉に対する反発からアラービーの民族主義運動が高まった。スエズ運河の安全確保がイギリスの最大の関心事であった。
地形・地理的特徴
イギリス軍はアレクサンドリアを艦砲射撃で攻撃後、スエズ運河地帯を確保してカイロに進軍。テル・エル・ケビールの戦い(1882年9月)はデルタ東部の平坦地で行われ、イギリスの近代的火力がアラービー・パシャの軍を圧倒した。
歴史的重要性
エジプトのイギリス支配は1952年革命まで70年間続いた。スエズ運河の支配はイギリス帝国のインド航路と東方交易の生命線であった。中東における近代的帝国主義の典型例であり、エジプト民族主義の原点となった。
参考文献
- Owen, R., 'Lord Cromer: Victorian Imperialist, Edwardian Proconsul'
- Cole, J., 'Colonialism and Revolution in the Middle East'