概要
自動車産業の勃興と自転車の普及によるゴム需要の急増を背景に、アマゾン地域は世界のゴム生産を独占した。マナウスは「熱帯のパリ」と呼ばれ、アマゾナス劇場(1896年開場)などの豪華な建築が建設された。ゴム・バロン(ゴム成金)が莫大な富を蓄積する一方、先住民や北東部からの移住労働者(セリンゲイロ)は債務奴隷状態で酷使された。1876年にヘンリー・ウィッカムがゴムの種を密かにイギリスに持ち出し、東南アジアのプランテーション栽培が始まると、1910年代にアマゾンのゴム独占は崩壊した。
歴史的背景
チャールズ・グッドイヤーの加硫法発明(1839年)以降、ゴムの工業利用が急拡大した。アマゾンのパラゴムノキは唯一の天然ゴム供給源であり、ブラジルとボリビアの国境地帯(アクレ地方)の領有を巡る紛争も引き起こした。ブラジルはゴム種子の国外持ち出しを禁じていたが、イギリスの種子密輸により独占が破られた。
地形・地理的特徴
アマゾン川流域の熱帯雨林は世界最大の流域面積を持ち、ゴムの原料となるパラゴムノキ(ヘベア・ブラジリエンシス)の自生地であった。マナウスはネグロ川とソリモエンス川の合流点に位置し、大西洋から約1500km内陸にありながら大型船舶が遡上可能であった。密林の中のゴム採取は散在する天然ゴムの木を巡る過酷な労働を必要とした。
歴史的重要性
ゴム・ブームはアマゾン地域の最初の大規模経済開発であり、マナウスの都市インフラはこの時代の遺産である。東南アジアへの技術移転による独占崩壊は、一次産品依存型経済の脆弱性を示す典型例となった。先住民への暴力と環境破壊の問題は、20世紀後半のアマゾン開発議論の原点でもある。ペルー・アマゾンのプトゥマヨ川流域ではゴム採取に伴う先住民虐殺が国際的スキャンダルとなった。
参考文献
- Barbara Weinstein, The Amazon Rubber Boom
- Joe Jackson, The Thief at the End of the World