概要
イギリスがズールー王国に最後通牒を突きつけて侵攻。1879年1月22日のイサンドルワナの戦いでは、約2万のズールー軍がイギリス正規軍約1700人を壊滅させ、ヴィクトリア朝イギリスに衝撃を与えた。同日のロークス・ドリフトの防衛戦では約150人のイギリス兵が約4000のズールー軍を撃退した。
歴史的背景
イギリスの南アフリカ連邦構想の障害としてズールー王国の解体が企図された。バートル・フレア高等弁務官がズールー王セツワヨに受け入れ不可能な最後通牒を送り、拒否を口実に侵攻した。
地形・地理的特徴
クワズール・ナタール州のイサンドルワナの丘陵は、スフィンクス状の岩山を中心とする開けた草原。イギリス軍がキャンプを設置した平原をズールー軍が「牛の角」陣形で包囲するのに適した地形であった。ロークス・ドリフトの渡河点は断崖に守られた天然の要塞。
歴史的重要性
植民地時代にアフリカの軍事力がヨーロッパの正規軍を正面から撃破した最も劇的な事例。ヴィクトリア朝イギリスの帝国主義的自信に打撃を与えた。ロークス・ドリフトの防衛戦は映画『ズール』(1964年)で世界的に知られるようになった。
参考文献
- Morris, D.R., 'The Washing of the Spears'
- Knight, I., 'Isandlwana 1879'