概要
1876年6月25日、ジョージ・アームストロング・カスター中佐率いる第7騎兵隊約210人が、シッティング・ブルとクレイジー・ホース率いるラコタ・スー族、シャイアン族、アラパホ族の連合軍(推定1500〜2500人の戦士)に全滅させられた。「カスターの最後の抵抗」(Last Stand)として知られ、先住民戦争における合衆国軍最大の敗北。
歴史的背景
ブラックヒルズでの金鉱発見(1874年)がスー族の聖地への白人流入を招き、合衆国政府はフォート・ララミー条約(1868年)を事実上破棄した。スー族が居留地への帰還を拒否したため軍事作戦が展開された。カスターは敵の規模を過小評価し、部隊を分散させるという致命的判断を下した。
地形・地理的特徴
モンタナ準州のリトルビッグホーン川沿いの起伏のある草原地帯。川沿いの河岸段丘と丘陵が視界を遮り、カスターの部隊は敵の規模を把握できなかった。スー族とシャイアン族の大野営地は川沿い約5kmにわたって広がっていた。
歴史的重要性
先住民にとっては最大の軍事的勝利だが、逆説的にアメリカ世論を硬化させ、先住民政策の一層の強化を招いた。1890年のウンデッド・ニーの虐殺で先住民の武力抵抗は事実上終結した。カスターは英雄か愚者かをめぐる論争が現在も続いている。
参考文献
- Donovan, A Terrible Glory
- Connell, Son of the Morning Star