概要

洋務派の将軍・左宗棠が新疆に侵入したヤクブ・ベグ政権を討伐し、新疆を回復。1884年に新疆省を設置して中国の直接統治下に。海防論と塞防論の論争で左宗棠は塞防(内陸防衛)を主張して勝利。

歴史的背景

太平天国・回民蜂起の混乱に乗じてヤクブ・ベグがカシュガル政権を樹立。ロシアもイリ地方を占領。李鴻章は海防優先を主張したが、左宗棠は新疆放棄は国防崩壊と反論。

地形・地理的特徴

新疆はタクラマカン砂漠を中心とする乾燥地帯。左宗棠は甘粛から天山山脈の北路を進み、ウルムチ・トルファンを回復。ロシアとの外交交渉でイリ地方も回収。

歴史的重要性

現代中国の新疆支配の直接的基盤。「海防vs塞防」の戦略論争は中国の国防思想上の重要な議論。左宗棠の遠征は19世紀の大規模軍事作戦として成功例。

参考文献

  • 『清史稿』左宗棠伝
  • 『左文襄公全集』