概要

1871年、岩倉具視を特命全権大使、大久保利通・木戸孝允・伊藤博文らを副使とする約50名の使節団(随員含め約107名)が欧米に派遣された。不平等条約改正の予備交渉と西洋文明の視察が目的。条約改正は失敗したが、西洋の産業・制度・文化を詳細に観察し、帰国後の富国強兵・殖産興業政策に大きな影響を与えた。

歴史的背景

明治新政府は急速な近代化を推進していたが、西洋文明への理解は限定的であった。政府首脳が直接欧米を視察することで、近代化の方向性を定める必要があった。

地形・地理的特徴

横浜港から出航し、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・ロシアなど12カ国を1年10ヶ月かけて歴訪。サンフランシスコ・ワシントン・ロンドン・パリ・ベルリンなど各国の首都を訪問。

歴史的重要性

明治日本の近代化政策の方向を決定づけた。大久保利通はビスマルクのプロイセンに感銘を受け、富国強兵路線を確信。『米欧回覧実記』(久米邦武)は当時の欧米社会の貴重な記録。

参考文献

  • 『米欧回覧実記』久米邦武