概要
普仏戦争でフランス駐留軍がローマから撤退したのを機に、イタリア軍がローマに進軍。9月20日にポルタ・ピア門から突入し、教皇ピウス9世は降伏。ローマはイタリア王国の首都となり、教皇領は消滅した。教皇は「ヴァチカンの囚人」と称してイタリア政府との和解を拒否した。
歴史的背景
1861年のイタリア王国成立以来、ローマ併合は統一の完成に不可欠であった。1864年のフランスとの九月協定により直接的な併合は控えていたが、普仏戦争でナポレオン3世が敗北しフランス軍が撤退したことで好機が訪れた。
地形・地理的特徴
ローマはテヴェレ川沿いの七つの丘の上に建設された都市で、アウレリアヌスの城壁に囲まれた教皇領の首都であった。ポルタ・ピア門がイタリア軍の突入口となった。
歴史的重要性
イタリア統一の完成を意味し、千年以上続いた教皇国家が消滅した。教皇とイタリア政府の「ローマ問題」は1929年のラテラン条約まで未解決のまま残り、カトリック世界とイタリア国家の関係を複雑にした。
参考文献
- デニス・マック・スミス『近代イタリア史』