概要
セダンの戦いでのナポレオン3世降伏後、1870年9月4日に共和制が宣言された。当初は暫定体制と見なされ、王政復古派が多数を占めたが、共和派が漸次勢力を拡大。1875年の憲法改正で共和制が確定し、以後70年間続いた。
歴史的背景
普仏戦争の敗北で第二帝政が崩壊し、パリ・コミューンの動乱を経て、王党派の分裂(オルレアン派vsレジティミスト)が結果的に共和制の存続を可能にした。「共和制はわれわれを最も分裂させない体制である」というティエールの言葉が象徴的。
地形・地理的特徴
パリの市庁舎前広場(グレーヴ広場)で共和制が宣言された。セダンでのナポレオン3世の敗北と捕虜の報に接した議会が帝政の廃止を決定し、国防政府が樹立された。
歴史的重要性
フランスにおける共和制の最終的定着を実現した体制であり、政教分離、公教育の無償化・世俗化、結社の自由など、近代フランスの基盤を形成した。ドレフュス事件を乗り越え、二度の世界大戦の試練に直面した。
参考文献
- ジャン=マリー・マイユール『第三共和政の政治史』