概要
エムス電報事件を契機にフランスが宣戦布告。1870年9月1-2日のセダンの戦いでナポレオン3世が降伏・捕虜となった。パリは4ヶ月間包囲され、1871年1月に降伏。フランクフルト講和条約でアルザス=ロレーヌがドイツに割譲された。
歴史的背景
ビスマルクはスペイン王位継承問題を利用してフランスを挑発し、エムス電報を改竄してフランスの宣戦布告を引き出した。フランス軍は動員の遅れと指揮系統の混乱により、プロイセンの迅速な攻勢に対応できなかった。
地形・地理的特徴
セダンはムーズ川沿いの盆地に位置し、周囲の丘陵に包囲されやすい地形であった。フランス軍はこの盆地に追い込まれ、プロイセン軍の砲兵が周囲の高地から猛砲撃を加えた。
歴史的重要性
ドイツ統一を完成させると同時に、フランスの大陸覇権を終わらせた。アルザス=ロレーヌの喪失はフランスの対独復讐心を燃え上がらせ、第一次世界大戦の遠因となった。フランスでは第三共和政が成立した。
参考文献
- マイケル・ハワード『普仏戦争』