概要
フェルディナン・ド・レセップスの主導で1859年に着工し、1869年11月17日に開通。約150万人の労働者(多くはエジプト人の強制労働)が10年にわたり建設に従事し、約12万人が死亡したとされる。開通式にはヨーロッパ各国の王族が出席し、ヴェルディのオペラ『アイーダ』が委嘱された(実際の初演は1871年)。ヨーロッパからアジアへの航路をケープ・ホーン回りに比べ約7000km短縮した。
歴史的背景
古代エジプトのファラオ・ネコ2世やペルシャのダレイオス1世が運河建設を試みた記録がある。ナポレオンも1798年のエジプト遠征時に調査したが、紅海と地中海の水位差を誤って過大に見積もり断念した。レセップスはエジプトのサイード・パシャの支援を得て事業を開始した。
地形・地理的特徴
地中海と紅海を結ぶスエズ地峡を貫く約193kmの海面式運河(閘門なし)。砂漠地帯を通り、苦湖(ビターレイク)を経由する。地形は平坦で標高差が小さく、閘門なしの海面水路が可能であった。
歴史的重要性
世界海運を革命的に変え、イギリスのインド帝国支配を強化した。イギリスは1875年にエジプトの持株を買収して運河の最大株主となった。1956年のナセルによる国有化がスエズ危機を引き起こし、冷戦期の中東情勢を大きく動かした。
参考文献
- Karabell, Parting the Desert
- Huber, Channelling Mobilities