概要
1869年5月10日、ユタ州プロモントリーサミットで、東から建設したユニオン・パシフィック鉄道と西から建設したセントラル・パシフィック鉄道が「黄金のくぎ」で結合された。セントラル・パシフィック側では約15000人の中国人労働者がシエラネバダ山脈の最も危険な区間を担当し、多くが事故や雪崩で命を落とした。ニューヨークからサンフランシスコまでの移動が数ヶ月から1週間に短縮された。
歴史的背景
南北戦争中の1862年にリンカーン大統領が太平洋鉄道法に署名し建設が始まった。両社は1マイルごとに政府から土地と資金を受け取る仕組みで、建設速度を競い合った。クレディ・モビリエ社のスキャンダルなど汚職も伴った。
地形・地理的特徴
ネブラスカのオマハからカリフォルニアのサクラメントまで、大平原、ロッキー山脈、シエラネバダ山脈を横断する約2800kmの路線。シエラネバダのドナー峠やロッキーのシャーマン峠は標高2000m以上に達し、トンネル掘削と急勾配の克服が最大の工学的課題であった。
歴史的重要性
アメリカの東西を物理的に結合し、西部開拓を加速させた。先住民のバイソン狩猟場を分断し、大平原の先住民社会の崩壊を招いた。国内市場の統合により金ぴか時代の産業発展の基盤を形成した。
参考文献
- Ambrose, Nothing Like It in the World
- Bain, Empire Express