概要

パラグアイの独裁者フランシスコ・ソラーノ・ロペスが、ウルグアイ内政への干渉を契機にブラジル・アルゼンチン・ウルグアイの三国同盟と戦った南米史上最大の国際戦争。パラグアイは当初の攻勢から次第に劣勢に転じ、ウマイタ要塞の陥落(1868年)後は全土が戦場と化した。ロペスは1870年3月にセロ・コラで戦死し、戦争は終結した。パラグアイは男性人口の大半を失い、国土の約4分の1を割譲する壊滅的敗北を喫した。

歴史的背景

パラグアイはフランシア博士(1814-40年)とカルロス・アントニオ・ロペス(1844-62年)の下で鎖国的な近代化政策を推進し、南米で最も早く鉄道・電信を整備した国の一つであった。フランシスコ・ソラーノ・ロペスはヨーロッパ訪問後に軍事大国化を志向したが、国力を過信した。ラプラタ川流域の勢力均衡が崩れ、ブラジルのウルグアイ干渉がパラグアイの対抗介入を招いた。

地形・地理的特徴

パラグアイ川とパラナ川の合流点に近いグラン・チャコ低地と東部の丘陵地帯が戦場となった。パラグアイ川は国土を東西に分断し、北部の沼沢地帯と密林が防衛に有利であった。ウマイタ要塞はパラグアイ川の屈曲部に築かれ「南米のセバストポリ」と呼ばれた。内陸国の地理的孤立が、開戦前の自給自足的経済発展と戦時の補給困難の両方に影響した。

歴史的重要性

南米史上最も破壊的な戦争であり、パラグアイの人口は戦前の約52万人から約22万人に激減したとされる。パラグアイの独自の近代化路線は完全に破壊され、以後長期にわたる低開発状態が続いた。ブラジルとアルゼンチンの南米における覇権が確立され、地域の勢力均衡が大きく変化した。

参考文献

  • Thomas Whigham, The Paraguayan War
  • Luc Capdevila, Une guerre totale: Paraguay 1864-1870