概要
1862年、薩摩藩主の行列を横切った英国人を薩摩藩士が殺傷。1863年に英艦隊7隻が鹿児島湾で薩摩藩と交戦。薩摩は甚大な被害を受けたが英艦にも損傷を与え、互いに実力を認めた。この経験で薩摩は攘夷から開国・近代化路線に転換。
歴史的背景
攘夷運動が高まる中、外国人への暴力事件が相次いでいた。薩英戦争で西洋の軍事力を直接体験したことが転換点。
地形・地理的特徴
生麦は東海道の横浜付近の宿場。薩英戦争は鹿児島湾で行われ、桜島を擁する天然の良港が戦場となった。
歴史的重要性
薩摩の開国転換の決定的契機。敵だった英国と結び、薩英同盟から倒幕への道が開かれた。
参考文献
- 『薩英戦争』松尾千歳