概要

ナポレオン3世がメキシコの負債を口実にフランス軍を派遣し、ハプスブルク家のマクシミリアン大公をメキシコ皇帝に擁立した。1862年5月5日のプエブラの戦いでメキシコ軍がフランス軍を撃退(シンコ・デ・マヨ)したが、翌年メキシコシティを占領。フアレス大統領はゲリラ戦で抵抗を続け、アメリカの圧力でフランスが撤退した後、1867年にマクシミリアンは銃殺刑に処された。

歴史的背景

メキシコは改革戦争(1857-61年)後に財政破綻し、フアレス大統領が外国債務の支払いを一時停止した。ナポレオン3世はアメリカ南北戦争でアメリカがモンロー・ドクトリンを執行できないのを利用してメキシコにカトリック君主制を樹立しようとした。

地形・地理的特徴

メキシコの多様な地形は遠征軍にとって障害であった。ベラクルスからメキシコシティへの道のりはマラリアの蔓延する熱帯低地と急峻な高原の境を越える必要があり、プエブラでは要塞化された都市での攻城戦が展開された。

歴史的重要性

メキシコの主権防衛の象徴であり、5月5日(シンコ・デ・マヨ)はメキシコの国民的祝日。ラテンアメリカにおけるヨーロッパの植民地的介入の最後の大規模な試みであり、モンロー・ドクトリンの実効性が確認された。フアレスは「メキシコのリンカーン」として国民的英雄。

参考文献

  • Hanna & Hanna, Napoleon III and Mexico
  • Ridley, Maximilian and Juárez