概要

アロー戦争の最終段階で英仏連合軍が北京を占領。エルギン卿の命で円明園が3日間にわたり略奪・放火された。数万点の宝物が奪われ、「万園の園」と称された庭園は廃墟と化した。

歴史的背景

清が英仏使節を捕虜にして拷問・殺害したことへの「報復」として円明園の破壊が決行された。ヴィクトル・ユーゴーは「二人の盗賊」(英仏)として痛烈に批判。

地形・地理的特徴

円明園は北京西北郊の海淀区に位置する約350ヘクタールの巨大な離宮庭園。中国式庭園にイエズス会士が設計した西洋楼を含む壮麗な建築群。

歴史的重要性

中国の「百年の屈辱」の最も視覚的な象徴。廃墟は現在も保存され「愛国主義教育基地」として公開。略奪された文化財の返還問題は現在も外交課題。

参考文献

  • エルギン卿書簡
  • ユーゴー書簡