技術・科学の歴史

83件の歴史的出来事

紀元前7000年頃
パプアニューギニア高地における独立的農業革命
クック農業遺跡(クック高地)で確認された、メソポタミアや中国とは完全に独立した農業の発明。約9000年前からバナナ、タロイモ、ヤムイモの栽培が始まり、精巧な排水溝・灌漑システムが構築された。花粉分析と
パプアニューギニア・クック高地
紀元前3500年頃〜前3000年頃
馬の馴化と騎馬文化の起源
カザフスタン北部のボタイ遺跡で馬の馴化の最古級の証拠が発見された。馬の歯の摩耗パターンがハミの使用を示し、土器には馬乳の脂肪酸残留物が検出された。馬の馴化は人類の移動能力を飛躍的に拡大させ、ユーラシア
中央アジア・カザフスタン
紀元前3000年頃〜前500年頃
メソポタミアの60進法と天文学
シュメール人が確立した60進法は時間(60秒×60分)と角度(360度)に現代まで残る。バビロニアの天文学者は月食の周期(サロス周期18年11日)を発見し、惑星の運行を正確に予測した。数学ではピタゴラ
メソポタミア
紀元前1850年頃
ファイユーム灌漑事業
第12王朝のアメンエムハト3世を中心とする王たちが、ファイユーム盆地の大規模灌漑事業を実施。バハル・ユースフ運河の整備とモエリス湖の水位管理により、広大な農耕地を創出した。堤防と水門のシステムによりナ
エジプト・ファイユーム
紀元前1550年頃
エーベルス・パピルスと古代エジプト医学
全長約20m、110欄からなる古代エジプト最長の医学パピルス。約700の処方箋と治療法を記録し、内科、外科、眼科、婦人科、皮膚科にわたる幅広い医学知識を含む。心臓を中心とする血管系の記述、各種薬草の処
エジプト・テーベ
紀元前1400年頃〜
アフリカの鉄器製造技術の独自発展
アフリカの鉄器製造は中東からの伝播ではなく独自に発展した可能性が高い。タンザニアのKM2遺跡やルワンダの遺跡では、紀元前14世紀頃の製鉄の証拠が発見されている。アフリカの鍛冶師は社会的に特別な地位を持
アフリカ全域
紀元前1050年頃
フェニキア人のアルファベット発明
フェニキア人は22文字の子音文字からなるアルファベットを発明し、地中海交易圏に普及させた。楔形文字やヒエログリフが数百の文字を必要としたのに対し、フェニキア文字は簡便さにおいて革命的であった。この文字
レヴァント・ビブロス
紀元前930年頃
菜畑遺跡・日本最古の水田稲作
日本最古の水田跡が確認された遺跡。縄文晩期末(約2930年前)の水田跡と炭化米、農具が出土。大陸から伝播した水田稲作技術が北部九州に最初に受容された証拠であり、弥生時代の始まりを示す。
日本・佐賀
紀元前900年頃
板付遺跡での水田稲作開始
縄文晩期末から弥生早期にかけての水田跡が確認された遺跡。灌漑用水路を備えた本格的な水田経営が行われ、環濠集落も伴う。板付式土器は弥生早期の標式土器として知られる。
日本・福岡
紀元前610年頃〜前546年
リディア王国と硬貨の発明
リディア王国はアリュアッテス王からクロイソス王の時代に、パクトロス川産のエレクトラムを用いて世界初の標準化された硬貨を鋳造した。クロイソス王は純金と純銀の硬貨を分離鋳造し、信頼性の高い貨幣制度を確立。
アナトリア・サルデス
紀元前6世紀頃
スシュルタの外科医学
古代インドの外科医スシュルタが著したとされる『スシュルタ・サンヒター』は約184章からなる包括的医学書。鼻形成術(ラインプラスティー)、白内障手術、帝王切開、結石摘出など300以上の外科手術を記述。1
南アジア・ヴァーラーナシー
紀元前500年〜紀元後1500年頃
アマゾン流域のテラ・プレタ形成
アマゾン先住民が数世紀にわたり形成した人工的な肥沃土壌「テラ・プレタ」(ポルトガル語で「黒い土」)。バイオ炭(木炭)、陶器片、骨、魚の残骸、糞便などが混合されており、通常のアマゾン土壌の数倍の炭素含有
南アメリカ・アマゾン
紀元前200年〜紀元後900年頃
マヤの暦法と天文学の発達
マヤ文明は独自の複数の暦法を発達させた。ツォルキン(260日暦、儀礼暦)、ハアブ(365日暦、太陽暦)、そしてこの二つが組み合わさるカレンダー・ラウンド(52年周期)に加え、紀元前3114年8月11日
メソアメリカ・マヤ地域
105年
蔡倫の製紙法改良
105年、宦官の蔡倫が樹皮・麻くず・ぼろ布・古い魚網を原料とする製紙法を改良し、和帝に献上した。紙自体は前漢時代から存在したが、蔡倫の改良により品質が向上し、竹簡や絹に代わる安価な書写材料として広く普
中国・洛陽
132年
張衡の地動儀と天文学
後漢の科学者・張衡が世界初の地震計(候風地動儀)を発明。銅製の壺の外周に8匹の龍を配し、地震波の方向を検知した。また渾天儀(天球儀)を水力で駆動させ、円周率を約3.1622と計算した。
中国・洛陽
4世紀〜6世紀
古代製鉄技術の導入
古墳時代中期以降、朝鮮半島からの技術導入により日本列島での製鉄が始まった。初期は鍛冶(輸入鉄素材の加工)が中心であったが、6世紀頃には砂鉄を原料とするたたら製鉄が開始。鉄製農具・武器の国内生産が可能と
日本・各地
5世紀〜6世紀
渡来人による技術移転(須恵器・機織り)
5世紀以降、朝鮮半島から渡来した技術者集団が日本に先進技術を伝えた。須恵器(高温焼成の灰色硬質土器)の生産技術、絹織物の機織り技術、鍛冶・鋳造技術、文字(漢字)の使用、仏教建築技術などが移転された。
日本・大阪〜奈良
402年頃
デリーの鉄柱
グプタ朝のチャンドラグプタ2世の時代に制作されたとされる高さ約7m、重さ約6トンの鍛鉄製の柱。1600年以上にわたりほとんど錆びていないことで世界的に有名。鉄中のリン含有量が高く、表面に保護膜(ミサワ
南アジア・デリー
480年頃
祖沖之の円周率計算
南朝宋の数学者・天文学者の祖沖之が円周率を3.1415926〜3.1415927の間と算出。これはヨーロッパが同精度に到達する約1000年前の業績。また大明暦を編纂し、歳差の概念を暦法に導入した。
中国・南朝宋
499年
アーリヤバタの天文学・数学
インドの数学者・天文学者アーリヤバタが23歳で『アーリヤバティーヤ』を著述。地球の自転を正しく認識し、地球の円周を39,968kmと計算(実際は40,075km)。円周率を3.1416と近似し、正弦関
南アジア・ビハール
605年〜610年
大運河の建設
隋の煬帝が数百万人を動員して大運河を完成。通済渠・永済渠・江南河を開削し、洛陽を中心に北は涿郡(北京)、南は余杭(杭州)を結ぶ大水路網を構築。物資・人員の大量輸送を可能にした。
中国・華北〜江南
628年
ブラフマグプタによるゼロの体系化
数学者ブラフマグプタが『ブラーフマスプタシッダーンタ』を著し、ゼロを独立した数として初めて体系的に定義。ゼロの四則演算規則を明示し、負の数の演算も定義した。二次方程式の一般解法(ブラフマグプタの公式)
南アジア・ラージャスターン
7世紀後半〜8世紀
古代駅制・官道の整備
律令国家は都と地方を結ぶ幹線道路(官道)を整備し、約30里(約16キロ)ごとに駅家を設置。駅馬が配備され、公文書の迅速な伝達を可能にした。道幅は大路で約12メートル、中路で約9メートルと広大。現代の直
日本・全国
820年頃
アル・フワーリズミーと代数学の誕生
ムハンマド・イブン・ムーサー・アル・フワーリズミーは著書『アル・ジャブル・ワル・ムカーバラ(還元と対比の書)』で代数学を体系化した。一次・二次方程式の解法を幾何学的に証明し、インドの数字体系(0を含む
メソポタミア・バグダッド
830年頃
知恵の館(バイト・アル・ヒクマ)と翻訳運動
カリフ・マアムーンが設立した知恵の館は、ギリシャ語・ペルシャ語・サンスクリット語・シリア語の学術書をアラビア語に翻訳する一大プロジェクトの拠点であった。アリストテレス、プラトン、ガレノス、プトレマイオ
メソポタミア・バグダッド
1025年頃
イブン・スィーナーの医学典範
イブン・スィーナー(アヴィケンナ)は『医学典範(アル・カーヌーン・フィッ・ティッブ)』を著し、ガレノスとヒポクラテスの医学を体系的に統合・発展させた。全5巻で薬物学、疾病分類、治療法を網羅。ラテン語に
ペルシャ・イスファハーン
1040年頃
活版印刷の発明(畢昇)
北宋の畢昇が膠泥(粘土)を用いた活字を発明。沈括の『夢渓筆談』に詳細な記録が残る。個々の文字を粘土で作り、鉄板の上に配列して印刷する方式で、木版印刷に比べ再利用が可能だった。
中国・開封
11世紀
火薬の軍事利用と羅針盤の航海使用
宋代に火薬が本格的に軍事利用され、火箭・震天雷・突火槍などの火器が開発された。『武経総要』(1044年)に火薬の配合が記載。同時期に磁石の方位指示機能が航海に応用され、羅針盤として実用化。
中国・各地
1088年頃
沈括『夢渓筆談』と宋の科学技術
北宋の博学者・沈括が科学・技術・芸術の知見を集大成した百科的著作『夢渓筆談』を著した。畢昇の活版印刷、磁針の偏角、石油の命名、化石の認識など先駆的な科学的観察を記録。
中国・鎮江
1234年頃
高麗の金属活字印刷
高麗で世界最初の金属活字印刷が行われた。1234年頃に『詳定古今礼文』が金属活字で印刷されたと『東国李相国集』に記録がある。現存する世界最古の金属活字印刷物は1377年の『直指心体要節』(フランス国立
高麗・開京
1420年代〜1449年
ウルグ・ベクの天文台
ティムールの孫ウルグ・ベクが建設した中世世界最大・最精密の天文台。半径約40mの巨大な六分儀を備え、1018個の星の位置を記録した星表(ズィージ・イ・スルタニー)を編纂した。恒星年の長さを365日6時
中央アジア・サマルカンド
1432年〜1442年
世宗大王の科学技術振興
世宗の治世に朝鮮の科学技術が飛躍的に発展。測雨器(世界初の雨量計、1441年)、渾天時計(自動天文時計)、簡儀(天体観測器)、自撃漏(自動水時計)、仰釜日晷(日時計)などが蒋英実ら技術者によって開発さ
朝鮮・漢陽
1438〜1533年
インカ道路網の建設
タワンティンスーユ(インカ帝国)全域を結ぶ総延長4万km以上の道路網(カパック・ニャン)。2本の幹線道路(海岸道と高地道)が南北に走り、多数の支線で東西に結ばれていた。チャスキ(飛脚)による駅伝制で情
南アメリカ・アンデス
1450年頃
グーテンベルクの活版印刷術の発明
ヨハネス・グーテンベルクが可動活字による活版印刷術を実用化した。鋳造活字、油性インク、ワイン圧搾機を改良した印刷機の三要素を組み合わせた革新。1455年頃に「42行聖書(グーテンベルク聖書)」約180
ドイツ・マインツ
1543年
鉄砲伝来
ポルトガル人を乗せた中国船が種子島に漂着し、火縄銃2挺が島主・種子島時堯に伝わった。時堯は鍛冶職人に複製を命じ、瞬く間に国内生産が開始。堺・国友・根来などで量産体制が確立し、戦国時代の戦術を根本的に変
日本・鹿児島(種子島)
1543年
コペルニクスの地動説
ニコラウス・コペルニクスが死の直前に主著『天球の回転について(デ・レヴォリューティオニブス)』を出版し、太陽中心説(地動説)を体系的に提唱した。地球を含む惑星が太陽の周りを公転するモデルで、プトレマイ
ポーランド
1578年
李時珍『本草綱目』
明の医学者・李時珍が27年の歳月をかけて『本草綱目』を完成。1892種の薬物、11,096の処方を収録した世界最大の薬学書。動植物・鉱物を体系的に分類し、従来の本草書の誤りを修正した。
中国・湖北省蘄春
1607年〜1633年
徐光啓と西洋科学の導入
明末の官僚・科学者の徐光啓がマテオ・リッチとユークリッド『幾何原本』を共訳(前6巻、1607年)。キリスト教に改宗し、西洋天文学を取り入れた暦法改革を推進。『農政全書』で農業技術を集大成。
中国・上海〜北京
1610年
ガリレオの望遠鏡による天体観測
ガリレオ・ガリレイがオランダで発明された望遠鏡を改良し、木星の4つの衛星(メディチ星と命名)、月の表面のクレーター、金星の満ち欠け、天の川が無数の星から成ることなどを発見。『星界の報告』で発表し、地動
イタリア・パドヴァ/フィレンツェ
1633年6月22日
ガリレオ・ガリレイの宗教裁判
ガリレオが教皇庁の異端審問所に召喚され、コペルニクスの地動説を支持する著書『天文対話』の撤回を命じられた。ガリレオは有罪判決を受け入れて地動説を「放棄」したが、退廷時に「それでも地球は動いている(エ・
イタリア・ローマ
1687年7月5日
ニュートンの『プリンキピア』出版
アイザック・ニュートンが『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』を出版。万有引力の法則と運動の三法則を定式化し、ケプラーの惑星運動法則を力学的に説明した。天体の運動と地上の物体の運動を統一的に説明す
イングランド・ケンブリッジ
1760年代〜1830年代
イギリス産業革命の進展
紡績機(ハーグリーヴズのジェニー紡績機1764年、アークライトの水力紡績機1769年、クロンプトンのミュール紡績機1779年)と蒸気機関(ワットの改良蒸気機関1769年)の発明・改良が産業構造を根本的
イギリス・ランカシャー
1774年
杉田玄白・前野良沢『解体新書』の刊行
杉田玄白・前野良沢らがオランダ語の解剖学書を翻訳し『解体新書』として刊行。人体の構造を正確に記述した西洋医学書の翻訳は、日本の医学・科学を飛躍的に進歩させた。蘭学興隆の出発点。
日本・江戸
1796年
ジェンナーの種痘
エドワード・ジェンナーが牛痘に感染した乳搾り女の膿を8歳の少年ジェームズ・フィップスに接種し、その後天然痘に対する免疫が成立することを実証した。1798年に『牛痘の原因と効果に関する研究』を出版。予防
イギリス・バークレー
1796年5月14日
エドワード・ジェンナーの種痘法確立
1796年5月14日、イギリスの医師エドワード・ジェンナーは、乳搾りの女性サラ・ネルムズの牛痘の膿を8歳の少年ジェームズ・フィップスに接種した。6週間後に天然痘を接種したが、フィップスは発症しなかった
イギリス・グロスターシャー
1800年〜1816年
伊能忠敬の日本地図作成
伊能忠敬が50歳から始めた全国測量事業。10回にわたる測量旅行で日本列島の海岸線を実測し、『大日本沿海輿地全図』を完成させた。緯度1度の距離を28.2里と算出した精度は、現代の値とほぼ一致する驚異的な
日本・全国
1851年
水晶宮万国博覧会
アルバート公の発案により開催された世界初の万国博覧会。鉄とガラスで建設された「水晶宮」(長さ564m)に、28カ国から10万点以上の工業製品・芸術品が展示された。約600万人が来場し、イギリスの産業力
イギリス・ロンドン・ハイドパーク
1859〜1869年
スエズ運河の建設と開通
フランス人外交官フェルディナン・ド・レセップスの主導でスエズ運河が建設された。全長約164km、幅22m(当初)。約150万人のエジプト人労働者が動員され、多数の犠牲者を出した。1869年11月17日
エジプト・スエズ地峡
1859年
ダーウィン『種の起源』出版
チャールズ・ダーウィンが自然選択による進化の理論を体系的に提示した画期的著作。ウォレスの独立した進化論発表に刺激されて出版を決断。初版1,250部は発売日に完売した。生物は共通の祖先から自然選択により
イギリス・ロンドン
1869年
大陸横断鉄道の完成
1869年5月10日、ユタ州プロモントリーサミットで、東から建設したユニオン・パシフィック鉄道と西から建設したセントラル・パシフィック鉄道が「黄金のくぎ」で結合された。セントラル・パシフィック側では約
北アメリカ・合衆国
1869年
スエズ運河の開通
フェルディナン・ド・レセップスの主導で1859年に着工し、1869年11月17日に開通。約150万人の労働者(多くはエジプト人の強制労働)が10年にわたり建設に従事し、約12万人が死亡したとされる。開
エジプト・中東
1891-1916年
シベリア鉄道建設
皇太子ニコライ(後のニコライ2世)がウラジオストクで起工式を行い、モスクワからウラジオストクまでの鉄道建設が開始された。囚人・兵士・中国人労働者が動員され、バイカル湖周辺の工事は特に難航した。1904
ロシア帝国・モスクワ〜ウラジオストク
1898年
キュリー夫妻の放射能研究
マリー・キュリーとピエール・キュリーが「放射能(radioactivity)」という概念を確立し、ポロニウム(マリーの祖国ポーランドにちなむ)とラジウムの2つの新元素を発見した。マリーは女性初のノーベ
フランス・パリ
1904〜1914年
パナマ運河の建設
セオドア・ルーズベルト大統領の主導で建設されたパナマ運河。フランスのレセップスが1880年代に試みたが失敗。アメリカはパナマのコロンビアからの分離独立(1903年)を支援して運河地帯を確保。ウィリアム
中央アメリカ・パナマ
1904年〜1914年
パナマ運河建設
フランスのレセップスが1881年に海面式運河の建設を開始したが、熱帯病による労働者の大量死と技術的困難により1889年に破産した。約2万人が死亡したとされる。1903年にアメリカの支援でパナマがコロン
パナマ・パナマ運河地帯
1905年
アインシュタインの特殊相対性理論
アルベルト・アインシュタインが「奇跡の年」と呼ばれる1905年に、特殊相対性理論、光量子仮説、ブラウン運動の理論、E=mc²の質量エネルギー等価式を含む4つの画期的な論文を発表した。光速は全ての慣性系
スイス・ベルン
1913年〜1920年
ラーマヌジャンの数学的業績
シュリニヴァーサ・ラーマヌジャン(1887-1920年)は独学で数学を学び、3900以上の数学的結果を導き出した天才数学者。G.H.ハーディとの書簡をきっかけにケンブリッジに招かれた。整数論、連分数、
南アジア・タミルナードゥ
1913年
ボーアの原子模型
ニールス・ボーアが量子化された軌道を持つ原子模型を提唱。電子は特定のエネルギー準位のみを取り、光の放出・吸収は準位間の遷移によるとした。水素原子のスペクトル線を正確に説明し、ラザフォードの原子模型の不
デンマーク・コペンハーゲン
1928年
C.V.ラマンのラマン効果発見
物理学者チャンドラシェーカラ・ヴェンカタ・ラマンが光の非弾性散乱(ラマン散乱/ラマン効果)を発見。単色光が透明な物質を通過する際に波長が変化する現象を実験的に証明。1930年にインド人初のノーベル物理
南アジア・カルカッタ
1928年
フレミングのペニシリン発見
アレクサンダー・フレミングが休暇から戻ると、ブドウ球菌の培養シャーレにアオカビ(ペニシリウム・ノタトゥム)が混入し、カビの周囲で細菌が溶解しているのを発見。この「幸運な汚染」からペニシリンが同定された
イギリス・ロンドン
1939-1945年
エニグマ暗号の解読(ブレッチリー・パーク)
アラン・チューリングを中心とする暗号解読者たちが、ドイツのエニグマ暗号機の暗号を解読する「ウルトラ」プロジェクトを遂行。ポーランドの数学者(マリアン・レイェフスキら)の先行研究を基に、チューリングが「
イギリス・ブレッチリー・パーク
1942〜1945年
マンハッタン計画と原爆開発
J・ロバート・オッペンハイマーが科学部門を率い、ロスアラモス研究所で原子爆弾が開発された。プロジェクト全体ではレスリー・グローヴス少将が指揮し、オークリッジ(ウラン濃縮)、ハンフォード(プルトニウム生
北アメリカ・ニューメキシコ
1944-1945年
V-2ロケットの開発と使用
ヴェルナー・フォン・ブラウンが開発した世界初の弾道ミサイルV-2(報復兵器2号)。液体燃料ロケットで高度約80kmに到達し、音速の約5倍で落下するため迎撃不可能であった。1944年9月からロンドンやア
ドイツ・ペーネミュンデ
1949年
湯川秀樹ノーベル物理学賞受賞
1949年、湯川秀樹が中間子の存在を理論的に予言した功績でノーベル物理学賞を受賞。日本人として初のノーベル賞であった。1935年に発表した中間子理論は、原子核内で陽子と中性子を結びつける核力を媒介する
日本・京都
1949年〜1989年
セミパラチンスク核実験場
ソ連が1949年8月29日に最初の核実験を行った場所。1989年の閉鎖までに456回の核実験(うち116回は地上・大気圏内)が実施された。周辺住民約150万人が放射能に被曝し、癌・先天性異常の発生率が
中央アジア・カザフスタン
1953年
DNAの二重螺旋構造の発見
ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックが、ロザリンド・フランクリンのX線回折写真(写真51番)のデータを基に、DNAの二重螺旋構造を解明。二本のポリヌクレオチド鎖が相補的な塩基対で結合して螺旋を形
イギリス・ケンブリッジ
1956年〜
コンテナ革命
1956年4月26日、トラック運転手出身のマルコム・マクリーンが改造した油槽船アイデアルXがニューアーク港からヒューストン港へ58個のコンテナを輸送した。従来のバラ積み荷役は1トン当たり5.86ドルか
北アメリカ・ニュージャージー
1957年〜
バイコヌール宇宙基地とガガーリンの飛行
1955年に建設されたソ連の宇宙基地。1957年10月4日にスプートニク1号(世界初の人工衛星)を打ち上げ、1961年4月12日にユーリ・ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行を達成。現在もロシアが賃借して
中央アジア・カザフスタン
1957年
スプートニク打ち上げと宇宙開発競争の開始
1957年10月4日、ソ連は世界初の人工衛星スプートニク1号をR-7ロケットで地球軌道に投入することに成功した。直径58cm、重量83.6kgのアルミ合金球体で、ビープ音を発信しながら約96分で地球を
ソ連・バイコヌール宇宙基地
1960〜1970年
アスワン・ハイ・ダム建設
ソ連の技術・資金援助により建設された巨大ダム。高さ111m、全長3830m。ナイルの洪水を制御し、通年灌漑と水力発電(設備容量2100MW)を実現。一方でナセル湖の形成によりヌビアの遺跡群(アブ・シン
エジプト・アスワン
1966年〜1996年
フランスのムルロア環礁核実験
フランスが1966年から1996年までの30年間に、ムルロア環礁とファンガタウファ環礁で合計210回の核実験(大気圏内46回、地下164回)を実施した。1995年のシラク大統領による核実験再開は国際的
フランス領ポリネシア・ムルロア環礁
1966〜1996年
フランスの太平洋核実験
フランスはムルロア環礁とファンガタウファ環礁で1966年から1996年にかけて計193回の核実験を実施(大気圏内41回、地下152回)。1995年のジャック・シラク大統領による地下核実験再開は太平洋諸
オセアニア・フランス領ポリネシア
1969年7月20日
アポロ11号の月面着陸
1969年7月20日、ニール・アームストロングとバズ・オルドリンがアポロ11号の月着陸船イーグルで月面に着陸。アームストロングの「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍」という言
北アメリカ・フロリダ
1969年
アポロ11号月面着陸
1969年7月20日、アポロ11号の月着陸船イーグルが月面に着陸し、ニール・アームストロングが人類初の月面歩行を行った。「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍」という言葉と共に
アメリカ・フロリダ / 月面
1970年4月
アポロ13号の危機
1970年4月13日、月に向かう途中のアポロ13号で機械船の酸素タンクが爆発。ジム・ラヴェル、ジャック・スワイガート、フレッド・ヘイズの3名は月着陸船を「救命ボート」として使用し、月をスイングバイして
北アメリカ・テキサス
1983年〜
サムスン半導体の台頭
サムスン電子が1983年にDRAM事業に参入。当初は日本のメーカーに大きく遅れていたが、積極的な設備投資と技術開発により急成長。1992年に世界初の64Mb DRAMを開発し、DRAM世界シェア1位に
韓国・器興(京畿道)
1989年
ティム・バーナーズ=リーのWWW発明
イギリス人科学者ティム・バーナーズ=リーがCERNでワールド・ワイド・ウェブ(WWW)を提案し開発。ハイパーテキスト、URL、HTTP、HTMLの概念を統合し、1991年に最初のウェブサイトを公開した
スイス・ジュネーヴ(CERN)
1989年
World Wide Webの発明とインターネット革命
1989年、CERNのティム・バーナーズ=リーがハイパーテキストに基づく情報共有システムを提案し、1991年に世界初のウェブサイトを公開した。HTTP、HTML、URLの技術基盤を開発し、無償で公開し
スイス・ジュネーヴ(CERN)/ アメリカ・シリコンバレー
1998年5月11-13日
インドの核実験(ポカランII)
バージペーイー首相のもとでインドが5回の核実験(熱核爆弾を含む)を実施。「シャクティ作戦」と命名。CIAの偵察衛星を欺く極秘の準備が話題となった。パキスタンは2週間後にチャガイで核実験を実施し、南アジ
南アジア・ラージャスターン
2007年
M-Pesa(モバイル決済革命)
ケニアの通信会社サファリコムが2007年に開始したモバイル送金サービス。銀行口座を持たない人々が携帯電話で送金・支払い・貯蓄を行えるようにした。ケニアの成人の約96%が利用し、GDPの約50%がM-P
ケニア・ナイロビ
2012年7月4日
CERNでのヒッグス粒子発見
CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)のATLAS実験とCMS実験が、ヒッグス粒子(ヒッグス・ボソン)の発見を発表。1964年にピーター・ヒッグスらが予言した素粒子で、他の素粒子に質量を与えるメ
スイス・ジュネーヴ郊外
2022年〜
AI革命とChatGPTの登場
2022年11月30日、OpenAIがChatGPTを公開し、2ヶ月で1億人のユーザーを獲得した。大規模言語モデル(LLM)に基づく対話型AIは、自然言語による人間との高度な対話を実現し、テキスト生成
アメリカ・サンフランシスコ
2023年8月23日
ISROの月探査機チャンドラヤーン3号成功
インド宇宙研究機関(ISRO)の月探査機チャンドラヤーン3号が月の南極付近に軟着陸に成功。インドは旧ソ連、アメリカ、中国に次ぐ4番目の月面軟着陸国となった。月の南極域への着陸は世界初。探査車「プラギャ
南アジア・タミルナードゥ

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