文明・建築の歴史
132件の歴史的出来事
紀元前14500年頃
モンテ・ヴェルデ遺跡の定住
チリ南部で発見された先史時代の定住遺跡で、北アメリカのクローヴィス文化より約1000年古い。トム・ディレハイにより1977年から発掘され、木造の住居跡、石器、薬草、動物の骨、さらにジャガイモの野生種が
南アメリカ・チリ
紀元前11500〜10800年頃
クローヴィス文化の繁栄
北アメリカで広範に確認された先史狩猟文化で、特徴的な両面加工の尖頭器(クローヴィス・ポイント)で知られる。1929年にニューメキシコ州クローヴィス近郊のブラックウォーター・ドロー遺跡で発見された。マン
北アメリカ・ニューメキシコ
紀元前7500年頃
上野原遺跡の集落形成
縄文時代早期(約9500年前)の大規模集落跡。竪穴住居跡52基が発見され、南九州における早期定住生活の実態を示す。壺型土器や連穴土坑(燻製施設)など、当時としては高度な生活技術が確認された。
日本・鹿児島
紀元前5400年頃〜前2050年頃
エリドゥの世界最古の都市と神殿
シュメール王名表において「王権が天から降りた最初の都市」とされるエリドゥは、世界最古の都市の候補の一つである。紀元前5400年頃の最初期の神殿遺構から、ウバイド期を通じて18層にわたる神殿の連続的建設
メソポタミア・エリドゥ
紀元前5000年頃〜12世紀
貝塚時代の沖縄
沖縄では本土の縄文〜古墳時代に相当する期間を「貝塚時代」と呼ぶ。前期(約7000年前〜)は九州の縄文文化と類似の土器文化、後期(約2500年前〜)は独自の無土器文化が展開。貝製品の加工技術に優れ、ヤコ
日本・沖縄
紀元前5000年〜前3000年頃
仰韶文化(彩陶文化)
1921年にスウェーデンの考古学者アンデルソンが河南省仰韶村で発見した新石器時代文化。黄河中流域を中心に分布し、粟作農業と彩陶(彩色土器)が特徴。半坡遺跡(西安近郊)では円形・方形の竪穴住居、貯蔵穴、
中国・黄河中流域
紀元前4000〜3100年頃
ナカダ文化の発展
エジプト先王朝時代の主要な文化で、ナカダI期(アムラティアン)、ナカダII期(ゲルゼアン)、ナカダIII期に区分される。彩色土器、石製容器、銅器、黄金装飾品などの工芸技術が発展し、社会的階層化と地域的
エジプト・ナカダ
紀元前3900年頃〜紀元前2200年頃
三内丸山遺跡の大規模集落形成
縄文時代前期中頃から中期末葉にかけて営まれた日本最大級の縄文集落。大型掘立柱建物、竪穴建物跡約800棟、大型竪穴建物、貯蔵穴、墓地、盛土などが計画的に配置されていた。栗の栽培管理やヒスイ・黒曜石の広域
日本・青森
紀元前3500年頃
ウルクの都市化と世界最古の文字
ウルクは紀元前4千年紀後半に人口4万人を超える世界最大の都市に成長した。エアンナ神殿区とアヌ神殿区を中心に、行政・宗教・経済機能が集約された。紀元前3300年頃には粘土板上の絵文字が登場し、やがて楔形
メソポタミア・ウルク
紀元前3300年〜前2300年頃
良渚文化と玉器文明
良渚文化は長江下流域に栄えた高度な新石器文化。精緻な玉器(琮・璧・鉞)の製作技術が特に優れ、社会的階層分化の証拠を示す。良渚古城は面積約300万m²の巨大な城郭遺跡で、大規模な水利施設(ダム・運河)も
中国・長江下流域
紀元前3100年頃
メンフィスの首都建設
統一王ナルメル(メネス)が上下エジプトの境界地点にメンフィス(古名インブ・ヘジ=白い壁)を建設し、統一国家の首都とした。プタハ神を主神とする神殿が建てられ、行政・宗教の中心として機能した。古王国時代を
エジプト・メンフィス
紀元前3000〜1800年頃
カラル文明の繁栄
南北アメリカ大陸最古の都市文明で、メソポタミアやエジプトとほぼ同時代に栄えた。カラル遺跡には6基の大型ピラミッド、円形広場、住居跡が含まれ、最大のピラミッドは高さ18m、底辺150×160mに達する。
南アメリカ・ペルー
紀元前2667年頃
ジョセル王の階段ピラミッド建設
第3王朝のジョセル王の宰相イムホテプが設計した世界最古の大規模石造建築。当初マスタバ(平らな墓)として計画されたが、6段に重ねた階段状の構造に発展した。高さ約62m。周囲には祭殿、中庭、模擬建築を含む
エジプト・サッカラ
紀元前2650年頃〜前1450年頃
ドーラヴィーラの都市遺跡
インダス文明の主要都市の一つで、2021年にユネスコ世界遺産に登録。城塞・中間都市・下町の三重構造を持つ独特の都市計画が特徴。巨大な貯水槽群による高度な水管理システム、インダス文字の大型看板(世界最古
南アジア・グジャラート
紀元前2600年頃〜前1900年頃
ハラッパーの繁栄
インダス文明のもう一つの主要都市。1920年代にジョン・マーシャルらにより本格的に発掘され、インダス文明の存在が世界に知られるきっかけとなった。城塞部と下町に分かれ、統一規格の焼成レンガ、標準化された
南アジア・パンジャーブ地方
紀元前2600年頃〜前2450年頃
ウル第一王朝と王墓群
レオナード・ウーリーが1922-34年に発掘した王墓群は、初期王朝時代のシュメール文明の華やかさを世界に示した。プアビ女王の墓からは金銀のヘッドドレス、ラピスラズリの装飾品、「ウルのスタンダード」が出
メソポタミア・ウル
紀元前2560年頃
ギザの大ピラミッド(クフ王)建設
第4王朝のクフ王(ケオプス)のために建設された世界最大のピラミッド。底辺約230m、元の高さ約146.5m、推定230万個の石材ブロック(総重量約600万トン)を使用。四辺は正確に東西南北を向き、誤差
エジプト・ギザ
紀元前2530年頃
スフィンクスの建造
カフラー王の命で建造されたとされる巨大なスフィンクス像。全長約73m、高さ約20m。人間の頭部(王の顔)とライオンの体を持ち、王権の威厳と獅子の力を象徴する。石灰岩の自然露頭を彫り込んで制作された世界
エジプト・ギザ
紀元前2500年〜前2000年頃
龍山文化(黒陶文化)
仰韶文化の後に黄河中下流域で発展した新石器文化。高温焼成の黒陶、占いに用いた卜骨、版築城壁の集落が特徴。社会の階層化が進み、初期国家形成の萌芽が見られる。
中国・山東省
紀元前2500年頃〜前1900年頃
モヘンジョダロの繁栄
インダス文明最大級の都市遺跡。整然とした格子状の街路計画、精巧な排水システム、大浴場(グレート・バス)、穀物倉庫を備えた高度な都市計画が特徴。推定人口3万〜4万人。統一された度量衡システムとインダス文
南アジア・シンド地方
紀元前2400年頃〜前1900年頃
ロータルの港湾施設
インダス文明の重要な港湾都市。長さ約214m、幅36mの人工的な水路構造(ドック)が発見され、世界最古の造船所・港湾施設の一つとされる。ビーズ工房、金属加工場、倉庫群が出土し、交易拠点としての機能が明
南アジア・グジャラート
紀元前2200年頃〜前1700年頃
BMAC(バクトリア・マルギアナ考古学複合体)
1970年代にソ連の考古学者サリアニディにより発見された青銅器時代の都市文明。ゴヌール・デペでは要塞化された宮殿、神殿、灌漑システムが発見された。インダス文明やメソポタミアとの交易品が出土し、ラピスラ
中央アジア・トルクメニスタン/アフガニスタン
紀元前2000〜300年
カルナック神殿群の建設
古代エジプト最大の神殿複合施設。約1700年にわたって増改築が続けられ、30以上のファラオが建設に関わった。中心のアメン大神殿の大列柱室は134本の巨大石柱(最大高さ23m)が林立する圧倒的空間。歴代
エジプト・カルナック
紀元前1900年頃〜前1700年頃
インダス文明の衰退
紀元前1900年頃からインダス文明の主要都市が段階的に放棄された。モヘンジョダロでは都市の維持管理が低下し、ハラッパーでは墓地H文化への移行が見られた。住民は東方のガンジス川流域や南方のグジャラートへ
南アジア・インダス川流域
紀元前1900年頃
クノッソス宮殿の建設
ミノア文明の中心地として建設された大規模宮殿複合施設。1300以上の部屋を持ち、精巧な排水設備、光井戸、多層階構造を備えていた。アーサー・エヴァンズが1900年に発掘し、線文字Aの粘土板が多数発見され
ギリシャ・クレタ島
紀元前1500〜400年頃
オルメカ文明の興隆
メソアメリカ最古の高度文明で「母なる文明」と称される。サン・ロレンソ(紀元前1500-900年頃)とラ・ベンタ(紀元前900-400年頃)を主要中心地として繁栄した。高さ3m、重さ数十トンに達する巨石
メソアメリカ・メキシコ湾岸
紀元前1400年頃〜前1185年頃
ウガリトの発見と楔形アルファベット
ウガリトは後期青銅器時代の国際的交易都市で、エジプト、ヒッタイト、メソポタミア、エーゲ海世界をつなぐ交易網の結節点であった。1929年の偶然の発見以来の発掘で、30文字の楔形アルファベット文字、多言語
レヴァント・ウガリト
紀元前1400年〜紀元前1200年頃
ミケーネ文明の最盛期
ミノア文明の衰退後にエーゲ海世界の覇権を握ったミケーネ文明の中心都市。シュリーマンが1876年に発掘し、「アガメムノンの黄金の仮面」を発見。線文字Bの使用、精巧な金細工、トロス墓(アトレウスの宝庫)な
ギリシャ・ペロポネソス半島
紀元前1300年〜前1046年頃
殷墟の発見と甲骨文字
殷墟は殷(商)王朝後期の都城遺跡で、盤庚の遷都(紀元前1300年頃)以降約270年間の首都。1928年から発掘が始まり、大量の甲骨文(亀甲・獣骨に刻まれた占卜の文字)が出土。甲骨文は現在確認できる中国
中国・河南省安陽
紀元前1264年頃
アブ・シンベル神殿の建設
ラムセス2世がヌビア南端に建設した巨大岩窟神殿。正面に高さ約20mのラムセス2世の座像4体が並ぶ。隣接して王妃ネフェルタリのための小神殿も建設された。1960年代のアスワン・ハイ・ダム建設に伴い、ユネ
エジプト・アブ・シンベル
紀元前814年頃
カルタゴの建設
フェニキアの都市ティルスからの植民者がチュニス湾岸にカルタゴ(「新しい都市」の意)を建設。伝説ではティルスの王女エリッサ(ディド)が牛皮一枚分の土地という約束を巧みに解釈して広大な土地を確保したとされ
チュニジア・カルタゴ
紀元前7世紀〜紀元後1世紀
ドンソン文化の繁栄
ベトナム北部の紅河流域を中心に発展した東南アジア最重要の青銅器文化。精巧な銅鼓は権威の象徴であり、表面に船、戦士、楽隊、動物の図像が刻まれる。農耕・漁労・戦闘の場面が記録され、当時の社会生活を知る第一
ベトナム北部・紅河流域
紀元前7世紀〜前3世紀
スキタイ文化の繁栄
イラン系の騎馬遊牧民スキタイは紀元前7世紀頃から黒海北岸を中心に勢力を拡大。動物闘争文様(アニマル・スタイル)と呼ばれる独特の金属工芸で知られ、黄金の装身具は古代世界でも最高水準の冶金技術を示す。ヘロ
中央アジア・ユーラシアステップ
紀元前600〜100年頃
エル・ミラドールの繁栄
先古典期マヤ最大の都市で、ラ・ダンタのピラミッド(高さ72m、体積280万m³)はメソアメリカ最大の建造物。ティグレのピラミッド(高さ55m)とともに「三尖塔型」の独特な建築様式を持つ。都市面積は約1
メソアメリカ・グアテマラ
紀元前518年頃〜前330年
ペルセポリスの建設
ダレイオス1世が着工しクセルクセス1世が拡張したペルセポリスは、アケメネス朝の儀礼的首都であった。アパダナ(謁見の間)の階段浮彫には23の属州の使節が貢物を持参する姿が刻まれ、帝国の多民族性と統一を視
ペルシャ・ペルセポリス
紀元前500年〜200年頃
ノク文化の発展
サブサハラアフリカで最古級の高度な文化。精巧なテラコッタ(焼成粘土)の人物像と、独自に発展した鉄器製造技術で知られる。テラコッタ像は等身大から小型まで多様で、精巧な髪型、装身具の表現が特徴。アフリカに
ナイジェリア・ジョス台地
紀元前500年〜紀元後800年頃
モンテ・アルバンの建設(サポテカ文明)
サポテカ文明の首都で、山頂を人工的に平坦化して建設された壮大な儀礼センター。最盛期の人口は約2万5千人。大広場を囲む神殿群、球技場、天文台が残る。「踊る人々(ダンサンテス)」と呼ばれる浮彫りは殺害され
メソアメリカ・メキシコ・オアハカ
紀元前447年〜紀元前432年
パルテノン神殿の建設
ペリクレスの指導下、建築家イクティノスとカリクラテスが設計し、フェイディアスが彫刻装飾を監督した。ドーリア式神殿の最高傑作で、女神アテナの巨大な黄金象牙像を安置した。8本×17本の柱配置、微妙な曲線(
ギリシャ・アテネ
紀元前4世紀〜紀元後3世紀
吉野ヶ里遺跡の環濠集落形成
弥生時代を通じて発展した日本最大級の環濠集落。内濠・外濠の二重環濠に囲まれ、物見櫓、祭祀建物、高床倉庫群が計画的に配置されていた。甕棺墓から出土した人骨には首のない遺体もあり、戦争の痕跡が生々しい。
日本・佐賀
紀元前331年
アレクサンドリアの建設
アレクサンドロス大王がエジプト征服後、建築家ディノクラテスの設計によりナイルデルタ西端に新都市を建設。碁盤目状の計画都市として設計され、最盛期には人口50万を超えた。プトレマイオス朝の首都となり、ムセ
エジプト・アレクサンドリア
紀元前312年頃〜紀元106年
ナバテア王国とペトラの岩窟都市
アラブ系遊牧民ナバテア人が建設した交易都市ペトラは、アラビア半島の乳香・没薬交易とエジプト・シリアを結ぶ交易路の結節点として繁栄した。エル・ハズネ(宝物殿)をはじめとする岩窟建築はヘレニズム建築とアラ
ヨルダン・ペトラ
紀元前3世紀〜7世紀
続縄文文化の展開
本土が弥生・古墳時代に移行した後も、北海道では縄文的な狩猟・漁労・採集生活が継続した。これを続縄文文化と呼ぶ。恵山式・北大式土器に代表される独自の土器文化を持ち、本州との交易(鉄器・米の入手)も行われ
日本・北海道
紀元前280年頃
ファロス灯台の建設
プトレマイオス2世の命で建築家ソストラトスが設計・建設した高さ約120〜140mの灯台。古代世界の七不思議の一つ。三段構造(下部は四角形、中部は八角形、上部は円筒形)で、頂上の火による光は50km以上
エジプト・アレクサンドリア
紀元前246年〜前210年頃
兵馬俑の造営
1974年に農民が井戸掘りの際に偶然発見した兵馬俑は、始皇帝の陵墓を守護する約8,000体の等身大の陶製兵士像。一号坑だけで6,000体以上が整然と配置され、歩兵・騎兵・戦車兵・将軍が実戦配置で並ぶ。
中国・陝西省西安
紀元前221年〜
万里の長城建設
始皇帝は北方の匈奴への防衛のため、戦国時代の燕・趙・秦が築いた長城を連結・拡張し、西は臨洮から東は遼東に至る万里の長城を完成させた。蒙恬将軍が30万の軍と数十万の労働者を指揮。現存する長城の大部分は明
中国北部
紀元前2世紀〜紀元後2世紀
青谷上寺地遺跡の集落
弥生時代中期から後期の集落遺跡。木製品・骨角器・金属器など多彩な遺物が極めて良好な状態で出土。特に100体以上の人骨が発見され、殺傷痕のある骨も多数含まれることから「弥生の戦争」の実態を示す。
日本・鳥取
紀元前2世紀〜紀元480年頃
アジャンター石窟寺院の造営
約30の石窟からなる仏教寺院群。第1期(紀元前2〜1世紀、サータヴァーハナ朝時代)と第2期(5世紀、ヴァーカータカ朝時代)に大別される。第2期の壁画群はインド美術の最高傑作とされ、ブッダの前世物語(ジ
南アジア・マハーラーシュトラ
紀元前200年〜紀元後600年頃
ナスカの地上絵の制作
ナスカ台地に描かれた巨大な地上絵群。ハチドリ(96m)、コンドル(134m)、クモ(46m)、サル(110m)などの動物図形のほか、幾何学模様や直線が300以上確認されている。地表の石を除去して明るい
南アメリカ・ペルー
紀元前100年〜紀元後550年頃
テオティワカンの建設と繁栄
最盛期に人口10万〜20万人を擁した古代アメリカ最大の都市。南北5kmの「死者の大通り」を軸に計画的に建設され、太陽のピラミッド(高さ65m、底辺225m)と月のピラミッドが中心を成す。多民族都市で、
メソアメリカ・メキシコ中央高原
紀元前100年〜紀元後500年頃
ホープウェル文化の繁栄
北アメリカ東部で広範に展開した先史文化で、巨大な幾何学的土塁(ニューアークの八角形土塁は面積約12万m²)と精巧な副葬品で知られる。銅製の装飾品、雲母の切り抜き、黒曜石の刃物、真珠、貝殻など広範な地域
北アメリカ・オハイオ
80年
コロッセウムの完成
フラウィウス朝の皇帝ウェスパシアヌスが着工し、ティトゥスが完成させた巨大円形闘技場。正式名称はアンフィテアトルム・フラウィウム。長径188m、短径156m、高さ48mの4層構造で、約5万人を収容。剣闘
イタリア・ローマ
100年
ティムガッドの建設
トラヤヌス帝の命により、退役軍人の植民都市として完全な碁盤目状都市計画に基づき建設された。カルド(南北大通り)とデクマヌス(東西大通り)が直交する典型的なローマ植民都市で、フォルム、劇場(3500人収
アルジェリア・ティムガッド
100〜700年頃
モチェ文化の繁栄とシパン王墓
ペルー北海岸に栄えた先インカ文明で、精巧な金銀細工と写実的な肖像土器で知られる。太陽のワカ(高さ43m)と月のワカの大型ピラミッドを建設。1987年にランバイエケ谷のシパン遺跡で発見された王墓は「新大
南アメリカ・ペルー北海岸
193〜211年
レプティス・マグナの繁栄
フェニキア人が建設した植民都市がローマ期に大発展。特にこの地出身のセプティミウス・セウェルス帝(在位193-211年)の時代に大規模な建設事業が行われ、壮大なフォルム、バシリカ、凱旋門、劇場、浴場が建
リビア・レプティス・マグナ
3世紀前半〜4世紀中頃
纒向遺跡の大規模建物群造営
3世紀前半に突如出現した大規模集落遺跡。東西約2キロ、南北約1.5キロに及ぶ。大型建物群、運河状の大溝、各地の土器(東海・山陰・北陸・九州)が出土し、列島各地から人々が集まった政治的中心地であった。箸
日本・奈良
200〜869年頃
ティカルの古典期マヤ繁栄
古典期マヤ最大の都市国家の一つ。最盛期の人口は推定6万〜10万人。神殿ピラミッド群は最高70m(第4号神殿)に達し、ジャングルの樹冠を超えてそびえる。「シヤフ・カアン」(偉大なるジャガーの爪)王朝をは
メソアメリカ・グアテマラ
3世紀後半
箸墓古墳の築造
最古級の大型前方後円墳の一つ。全長約280メートルで、前方後円墳の完成形を示す。『日本書紀』では倭迹迹日百襲姫命の墓とされるが、卑弥呼の墓とする説も有力。周濠から出土した土器の年代は3世紀後半を示す。
日本・奈良
4世紀後半〜6世紀
古市古墳群の形成
応神天皇陵(誉田御廟山古墳、全長425メートル)を中心とする大古墳群。前方後円墳・円墳・方墳など計130基以上が築造された。百舌鳥古墳群と並ぶ古墳時代中後期の王墓群。2019年に世界文化遺産に登録。
日本・大阪
366年〜10世紀頃
敦煌莫高窟の造営
紀元366年に僧侶楽僔が最初の石窟を開削して以来、約1000年間にわたり造営が続けられた仏教石窟寺院群。約500の石窟に45,000平方メートルの壁画と2,415体の彩色塑像が残る。1900年に道士王
中央アジア・河西回廊
5世紀前半〜中頃
大仙陵古墳(仁徳天皇陵)の築造
全長約486メートル、日本最大の前方後円墳。周濠を含めた総面積は約47万平方メートルでエジプトのクフ王のピラミッドや秦始皇帝陵に匹敵する世界最大級の墓。築造には延べ680万人の労働力と約16年を要した
日本・大阪
5世紀〜6世紀
慶州の古墳群(天馬塚・大陵苑)
慶州市内に約200基以上が現存する新羅王族・貴族の古墳群。天馬塚(1973年発掘)からは天馬図を描いた馬鞍垂飾、金冠、金帯などが出土。皇南大塚(双円墳)からは約3万点の遺物が出土した。金冠は新羅独自の
新羅・慶州
426〜822年
コパン王朝の繁栄
マヤ南東部の主要都市国家で、碑文階段(63段、2200以上のマヤ文字ブロック)はマヤ文字の最長碑文。初代王ヤシュ・クック・モが426年にテオティワカンの権威を借りて王朝を樹立し、16代にわたる王朝が続
メソアメリカ・ホンジュラス
460年頃〜
雲岡石窟の開鑿
北魏の文成帝の命を受けた僧・曇曜が武周山の断崖に石窟寺院の造営を開始。曇曜五窟と呼ばれる初期窟には北魏5代の皇帝を模した大仏が安置された。全53窟、5万1千体以上の仏像を有する。
中国・山西省大同
477年〜495年頃
シーギリヤの建設
スリランカのカーシヤパ1世が父王を殺害して王位を奪い、巨大な岩山の頂上に宮殿を建設した。精巧な水利システム(噴水庭園)、「ライオンの門」、岩壁に描かれたフレスコ画(「シーギリヤの乙女」)が特徴。弟モッ
南アジア・スリランカ
493年〜
龍門石窟の造営
北魏の洛陽遷都に伴い造営開始。孝文帝・宣武帝期に宮廷主導で古陽洞・賓陽洞などが開鑿された。唐代には則天武后の寄進で盧舎那仏(高さ17m)が完成。全2345窟、10万体以上の仏像を有する。
中国・河南省洛陽
523年
武寧王陵の築造
百済第25代王・武寧王(在位501-523年)とその王妃の合葬墓。1971年に未盗掘の状態で発見され、約5000点の副葬品が出土した。中国南朝様式の煉瓦積み横穴式石室墓で、金製冠飾り、銅鏡、中国製陶磁
百済・公州(熊津)
537年12月27日
ハギア・ソフィア大聖堂の完成
ユスティニアヌス1世が建設した巨大聖堂。建築家イシドロスとアンテミオスが設計し、約1万人の労働者が5年10ヶ月で完成させた。直径31mの巨大ドームをペンデンティヴ(三角穹隅)で支える革新的構造。献堂式
ビザンツ帝国・コンスタンティノープル
580年頃〜897年
パッラヴァ朝とマハーバリプラムの石窟寺院
南インドのパッラヴァ朝はカーンチープラムを首都とし、マハーバリプラム(マーマッラプラム)に壮大な石窟寺院群を建設した。「アルジュナの苦行」として知られる巨大な岩面浮彫、海岸寺院、五つのラタ(戦車形石造
南アジア・タミルナードゥ
588年〜596年
飛鳥寺(法興寺)の建立
蘇我馬子が発願し建立した日本最古の本格的仏教寺院。百済から派遣された寺工・瓦博士などの技術者が建設に従事。止利仏師作の飛鳥大仏(釈迦如来像)が安置された。塔を中心に三金堂が配置される飛鳥寺式伽藍配置。
日本・奈良
593年
四天王寺の建立
聖徳太子が丁未の乱の際の四天王への戦勝祈願の誓いを果たして建立した寺院。中門・塔・金堂・講堂が一直線に並ぶ四天王寺式伽藍配置は日本最古の伽藍配置の一つ。敬田院・施薬院・療病院・悲田院の四箇院を設置。
日本・大阪
600年頃〜1000年頃
エローラ石窟寺院群の造営
34の石窟からなり、仏教窟(1-12)、ヒンドゥー教窟(13-29)、ジャイナ教窟(30-34)の三群に分かれる。最大の見所はカイラーサナータ寺院(第16窟)で、一枚岩から彫り出された世界最大の一枚岩
南アジア・マハーラーシュトラ
600〜1221年頃
チチェン・イツァの繁栄
ユカタン半島最大のマヤ都市で、後古典期マヤの政治・宗教の中心地。ククルカン(羽毛の蛇)のピラミッド(エル・カスティーヨ)は春分・秋分に蛇の影が階段を這い降りる光の現象で有名。戦士の神殿、球技場(メソア
メソアメリカ・ユカタン半島
607年頃
法隆寺の建立
聖徳太子が斑鳩宮に隣接して建立した寺院。670年に焼失後再建された西院伽藍は世界最古の木造建築群として知られる。五重塔・金堂・中門・回廊からなる非対称の伽藍配置は法隆寺式と呼ばれる。
日本・奈良
615〜683年
パレンケの黄金時代
キニチ・ハナブ・パカル(パカル大王、在位615-683年)の治世にパレンケは最盛期を迎えた。碑銘の神殿の地下から発見されたパカルの石棺と翡翠の仮面は20世紀最大のマヤ考古学的発見の一つ。宮殿群、十字架
メソアメリカ・メキシコ・チアパス
7世紀前半
石舞台古墳の築造
蘇我馬子の墓と伝えられる方墳。一辺約50メートル、石室は全長約19メートル。天井石は約77トンの巨岩で、封土が失われた後の露出した姿が「石舞台」の名の由来。飛鳥時代最大級の石室を持つ。
日本・奈良
645年〜
難波宮の造営
大化の改新後、孝徳天皇が難波長柄豊碕宮を造営(前期難波宮)。その後、聖武天皇が726年に後期難波宮を造営。前期は飛鳥時代の大規模な掘立柱建物群、後期は礎石建物の朝堂院形式。副都として平城京と並ぶ政治的
日本・大阪
664年〜665年
水城・大野城の築造
白村江の敗戦後、唐・新羅の侵攻に備えて大宰府防衛のために築造。水城は全長1.2キロ、高さ約14メートルの大堤防で外濠を伴う。大野城は周囲約8キロの朝鮮式山城。百済からの亡命貴族の技術指導のもと建設され
日本・福岡
667年
金田城の築造
白村江敗戦後、対馬に築造された朝鮮式山城。周囲約2.8キロの石塁が山を囲み、城門・水門が設けられた。唐・新羅の侵攻に備える日本列島防衛の最前線として機能。防人が配置された。
日本・長崎(対馬)
680年発願〜698年完成
薬師寺の建立
天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願して発願。金堂の薬師三尊像(国宝)は白鳳美術の最高傑作。東塔(国宝)は創建時の唯一の建造物で「凍れる音楽」と称される均整美を持つ。
日本・奈良
691年
岩のドームの建設
ウマイヤ朝カリフ・アブドゥルマリクが建設した岩のドームは、現存する最古のイスラム建築の一つであり、ビザンツ様式の金色のドームとモザイク装飾で覆われた八角形の建造物。中央の聖岩はアブラハムのイサク奉献と
レヴァント・エルサレム
694年
藤原京の建設
持統天皇が建設した日本初の本格的都城。中国の長安を模した条坊制を採用し、東西約5.3キロ、南北約4.8キロの壮大な規模。藤原宮を中心に碁盤目状に区画された都市が計画的に建設された。約16年間、都として
日本・奈良
710年
興福寺の建立
藤原不比等が藤原鎌足創建の山階寺を平城京に移転して建立した藤原氏の氏寺。法相宗の大本山。阿修羅像(国宝)をはじめとする天平彫刻の傑作を多数所蔵。五重塔(国宝)は高さ約50メートルで日本第2位。
日本・奈良
751年〜774年
仏国寺と石窟庵の建立
新羅の宰相・金大城が前世の父母のために石窟庵を、現世の父母のために仏国寺を建立したと伝える。仏国寺は精巧な石造基壇と多宝塔・釈迦塔を有し、石窟庵は花崗岩を削って造られた人工石窟に本尊釈迦如来坐像を安置
新羅・慶州
751年
仏国寺の多宝塔と釈迦塔
多宝塔(国宝第20号)は複雑な装飾を持つ異形の石塔で、新羅の石工技術の極致を示す。釈迦塔(国宝第21号)は端正な三層石塔で、1966年の解体修理時に『無垢浄光大陀羅尼経』(世界最古の木版印刷物、751
新羅・慶州
759年
唐招提寺の創建
鑑真が開いた律宗の総本山。金堂(国宝)は奈良時代建築の最高傑作の一つで、8本のエンタシス列柱が特徴。鑑真和上坐像(国宝)は天平彫刻の名品で、没後に弟子が制作した日本最古の肖像彫刻。
日本・奈良
8世紀末〜9世紀初頭
ボロブドゥールの建設
シャイレーンドラ朝が建設した世界最大の仏教遺跡。一辺約123mの基壇上に9層の階段ピラミッド(方形6層+円形3層)を積み上げ、頂上にストゥーパを置く。壁面の浮彫は全長約5kmに及び、仏伝と法華経の物語
インドネシア・ジャワ島中部
800〜900年頃
古典期マヤの崩壊
9世紀にマヤ低地の主要都市が相次いで衰退・放棄された現象。ティカル、パレンケ、コパン、カラクムルなどの大都市で碑文の建立が途絶え、建設活動が停止した。人口が劇的に減少し、政治的秩序が崩壊した。ただしマ
メソアメリカ・マヤ低地
808年
フェズの建設と発展
イドリース2世がフェズ(ファース)を建設。アンダルスとカイラワーンからの移民を受け入れて急速に成長した。859年にファーティマ・アル・フィフリーヤがカラウィーイーン大学(モスク)を創設。皮なめし工場、
モロッコ・フェズ
9世紀中頃
プランバナン寺院群の建設
古マタラム朝(サンジャヤ朝)のバリトゥン王の時代に建設されたジャワ最大のヒンドゥー教寺院群。中央のシヴァ堂(高さ47m)を中心にブラフマー堂・ヴィシュヌ堂が並び、回廊にはラーマーヤナの浮彫が精緻に刻ま
インドネシア・ジャワ島中部
850〜1250年頃
チャコ・キャニオンの繁栄
プエブロ・ボニートを中心とする祖先プエブロ人の大規模儀礼・行政センター。プエブロ・ボニートは4-5階建て、約650室を有する半円形の巨大建築物。峡谷内に12以上の「グレートハウス」が計画的に配置され、
北アメリカ・ニューメキシコ
9世紀末〜現在
プレア・ヴィヒア寺院とタイ・カンボジア領土紛争
クメール帝国時代に建設されたヒンドゥー教寺院。ダンレック山脈の最高所に位置し、シヴァ神に奉納された。1962年に国際司法裁判所(ICJ)がカンボジアの主権を認めたが、周辺地域の帰属は未解決。2008年
カンボジア・タイ国境(ダンレック山脈)
969年
ファーティマ朝のカイロ建設
イスマーイール派シーア派のファーティマ朝がチュニジアからエジプトを征服し、将軍ジャウハルが新都カイロ(アル・カーヒラ=「勝利者」)を建設した。宮殿都市として設計され、アル・アズハル・モスク(後の大学)
エジプト・カイロ
1050〜1350年頃
カホキアの繁栄
ミシシッピ文化の最大中心地で、最盛期の人口は推定1万〜2万人。コロンブス以前の北アメリカ最大の都市であった。モンクス・マウンド(底辺316×241m、高さ30m)はメソアメリカ以北最大の土造構造物。1
北アメリカ・イリノイ
1053年
平等院鳳凰堂の建立
藤原頼通が父道長の別荘を寺院に改め、阿弥陀堂(鳳凰堂)を建立。末法思想の広まりの中、極楽浄土を現世に再現しようとした。堂内の阿弥陀如来坐像は定朝作で、寄木造の代表作。10円硬貨のデザインとしても知られ
日本・京都(宇治)
11〜15世紀
大ジンバブエの建設
ショナ人が建設した石造遺跡群。モルタルを使わない精巧な石積み技術で建造され、大囲壁(周壁の高さ約11m、厚さ約5m)は古代の石造建築としてサブサハラアフリカ最大。丘の上の王宮跡と谷間の囲壁群からなり、
ジンバブエ・大ジンバブエ
1100年頃〜1600年頃
イースター島モアイ像の建設
ラパ・ヌイ(イースター島)で約900体が制作された巨大石像モアイ。高さ平均4メートル、重さ約12.5トンだが最大のものは高さ10メートル・重量82トンに達する。ラノ・ララク火山の凝灰岩から彫り出され、
ポリネシア・イースター島
1113年〜1150年頃
アンコール・ワットの建設
スーリヤヴァルマン2世が建設したヒンドゥー教寺院。ヴィシュヌ神に奉献された世界最大の宗教建築物で、外濠の幅は190m、寺院全体は東西約1.5km×南北約1.3km。回廊の壁面には「乳海攪拌」「マハーバ
カンボジア・アンコール
1124年
中尊寺金色堂の建立と平泉文化
奥州藤原初代・清衡が建立した中尊寺金色堂。堂内外を金箔で覆い、螺鈿・蒔絵・象牙で装飾した極楽浄土の現世的表現。藤原三代(清衡・基衡・秀衡)のミイラが安置される。堂は覆堂に守られ現存する。国宝。
日本・岩手
1163年〜1345年
ノートルダム大聖堂の建設開始
パリ司教モーリス・ド・シュリーの構想により着工されたゴシック大聖堂。フライング・バットレス(飛梁)を大規模に採用した最初期の建築であり、巨大なバラ窓のステンドグラスが内部に荘厳な光を創出した。建設には
フランス・パリ
1168年
厳島神社の造営
平清盛が平氏の守護神として厳島神社を大規模に造営。海上に浮かぶ寝殿造の社殿群と高さ約16メートルの大鳥居は、清盛の権力と美意識の結晶。平家納経(国宝)をはじめとする美術工芸品も奉納された。
日本・広島
12世紀末〜13世紀初頭
アンコール・トムとバイヨン寺院の建設
ジャヤヴァルマン7世が建設したクメール帝国最後の首都。仏教(大乗仏教)に帰依した王は、バイヨン寺院の216の巨大な四面仏像で知られる壮大な都城を建設。タ・プローム(母に捧げた寺院)、プリア・カーン(父
カンボジア・アンコール
12〜13世紀
ラリベラの岩窟教会群の建設
ザグウェ朝のラリベラ王が、エルサレムへの巡礼が困難になった信徒のために「新エルサレム」として建設した11の岩窟教会群。岩盤を上から彫り下げて作られた一枚岩の教会は、最大のものが高さ約10m。十字形平面
エチオピア・ラリベラ
1190〜1300年頃
メサ・ヴェルデの崖住居建設
アナサジ(祖先プエブロ人)が砂岩の崖面に建設した集合住居群。クリフ・パレスは150以上の部屋と23のキヴァ(儀礼用地下室)を持つ最大の住居。スプルース・ツリー・ハウス、バルコニー・ハウスなどが残り、精
北アメリカ・コロラド
1199年〜1220年頃
クトゥブ・ミナールの建設
デリー・スルタン朝の初代スルタン・クトゥブッディーン・アイバクが建設を開始し、イルトゥトゥミシュが完成させた高さ72.5mの石造ミナレット。赤砂岩と白大理石で構成され、5層の塔身にアラビア語のコーラン
南アジア・デリー
1200〜1500年頃
イースター島のモアイ像建設
ラパ・ヌイ(イースター島)のポリネシア人が建設した巨大石像群。約900体のモアイが確認されており、最大のものは高さ10m、重さ82トン。ラノ・ララク火山の凝灰岩から彫り出され、海岸沿いのアフ(祭壇)上
太平洋・イースター島
1325年
アステカ帝国テノチティトラン建設
メシカ(アステカ)人が鷲がサボテンの上で蛇を咥えている姿を見た場所(現在のメキシコ国旗の紋章)に建設した首都。最盛期の人口は推定20万〜30万人で、同時代のヨーロッパのどの都市よりも大きかった。テンプ
メソアメリカ・メキシコ盆地
1395年
景福宮の建設
朝鮮太祖の命により鄭道伝が設計した朝鮮王朝の正宮。勤政殿(正殿)、思政殿(便殿)、慶会楼(宴会場)、香遠亭(後苑の楼閣)など、儒教的政治理念に基づく空間配置。壬辰倭乱で全焼し、1865年に大院君により
朝鮮・漢陽
1397年
金閣寺(鹿苑寺)の建立と北山文化
足利義満が北山の別荘に建てた舎利殿。最上層を金箔で覆い、公家文化と武家文化と禅宗文化を融合させた北山文化の象徴。義満の絶大な権力と美意識を体現する。1950年に放火で焼失し、1955年に再建。
日本・京都
1405年
昌徳宮と秘苑の造営
朝鮮第3代王・太宗が建設した離宮。壬辰倭乱後は景福宮に代わって正宮として約270年間使用された。仁政殿・大造殿・楽善斎などの殿閣と、芙蓉池・不老門・演慶堂などの後苑施設が自然と調和した空間を創出。19
朝鮮・漢陽
1406年〜1420年
紫禁城の建設
永楽帝が北京遷都のために建設した世界最大の宮殿群。100万人の労働者を動員し14年をかけて完成。9999.5間と伝えられる部屋数を持ち、太和殿・中和殿・保和殿の三大殿を中心に構成。
中国・北京
1436年3月25日
フィレンツェ大聖堂ドームの完成
建築家フィリッポ・ブルネレスキが、支保工(型枠)なしで二重殻構造の巨大ドームを建設するという前代未聞の工法で完成させた。ヘリンボーン(魚骨)パターンの煉瓦積みと、自ら発明した起重機を使用。ドームの重量
イタリア・フィレンツェ
1450年頃
マチュ・ピチュの建設
パチャクティが建設した王室の離宮・宗教施設。約200棟の建物、段々畑、水路、広場から構成される。インティワタナ(日時計)、太陽の神殿、三つの窓の神殿が主要建造物。精密に加工された花崗岩の石組みはモルタ
南アメリカ・ペルー
1482年
銀閣寺と東山文化
足利義政が東山に建てた山荘(後の慈照寺)。応仁の乱で荒廃した京都を避け、文化・芸術に没頭した義政の美意識の結晶。書院造・枯山水庭園・能楽・茶の湯・水墨画・花道など後世の日本文化の基盤となる東山文化が開
日本・京都
15世紀
海印寺蔵経板殿の建築
高麗大蔵経の経板8万余枚を保管するために建設された収蔵施設。窓の配置と大きさを南北面で変えて自然な空気循環を実現し、床下に調湿材を敷いて湿度を一定に保つ。近代的な空調技術なしに木版を完璧に保存する「科
朝鮮・海印寺(伽耶山)
1565年〜1572年
フマーユーン廟の建設
ムガル帝国第2代皇帝フマーユーンの妻ハミーダ・バーヌーが建設を命じた霊廟。ペルシャ人建築家ミーラク・ミルザ・ギヤースが設計し、インド亜大陸初の大規模なペルシャ式庭園墓廟となった。二重殻ドーム構造はター
南アジア・デリー
1565年
セント・オーガスティン建設
ペドロ・メネンデス・デ・アビレスが建設したアメリカ合衆国最古の継続的に人が居住する植民地都市。フランスのユグノー植民地(フォート・キャロライン)に対抗して設立された。カスティーリョ・デ・サン・マルコス
北アメリカ・フロリダ
1571年〜1585年
ファテープル・シークリーの建設
アクバル大帝がスーフィーの聖者シェーフ・サリーム・チシュティーの予言により男子を授かったことを記念して建設した新都城。インド・イスラム建築の傑作であり、ブランド・ダルワーザー(勝利の門)、パンチ・マハ
南アジア・ウッタル・プラデーシュ
1576年〜1579年
安土城の築城
織田信長が琵琶湖畔の安土山に築いた革新的な城。地下1階・地上6階の天主(天守)は高さ約32メートルで、内部は狩野永徳の障壁画で飾られた。石垣の上に壮麗な天主を載せる近世城郭の原型であり、信長の権力と美
日本・滋賀
1598年〜1629年
アッバース1世のイスファハーン遷都と「世界の半分」
サファヴィー朝のアッバース1世はイスファハーンに遷都し、イマーム広場(ナクシェ・ジャハーン=「世界の模範」)を中心とする壮大な都市計画を実施した。イマーム・モスク、シェイフ・ロトフォッラー・モスク、ア
ペルシャ・イスファハーン
1607年
ジェームズタウン植民地の建設
ヴァージニア会社が設立したイギリス初の永続的北アメリカ植民地。初期の入植者104人の大半は紳士や職人で農業経験がなく、最初の冬に過半数が死亡した(飢餓の時期、スターヴィング・タイム)。ジョン・スミスの
北アメリカ・バージニア
1608年
ケベック建設とヌーヴェル・フランス
サミュエル・ド・シャンプランがセント・ローレンス川沿いに建設したフランス植民地の中心都市。毛皮交易(特にビーバーの毛皮)を主要目的とし、先住民(ヒューロン族、アルゴンキン族)と同盟関係を築いた。フラン
北アメリカ・カナダ
1620年
プリマス植民地の建設
メイフラワー号で到着した102人のピルグリム(巡礼者)が建設した植民地。出航前に船上でメイフラワー誓約を結び、合意に基づく自治の原則を確立した。最初の冬に約半数が死亡したが、ワンパノアグ族のスクァント
北アメリカ・マサチューセッツ
1626年
ニューアムステルダムの建設
オランダ西インド会社がマンハッタン島にレナペ族から60ギルダー相当の品物で「購入」(先住民にとっては使用権の一時的譲渡の概念)して建設した植民地。ピーター・ミヌイットが初代総督。多民族・多宗教の寛容な
北アメリカ・ニューヨーク
1632年〜1653年
タージ・マハルの建設
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズ・マハルの死を悼んで建設した白大理石の霊廟。2万人以上の職人が約20年をかけて完成。左右対称の完璧な設計、大理石の透かし彫り(ジャーリー)、宝石象
南アジア・アーグラ
1639年〜1648年
赤い城(ラール・キラー)の建設
シャー・ジャハーンがアーグラからデリーに遷都する際に建設した新宮殿。赤砂岩と白大理石を組み合わせた壮大な城塞宮殿で、ディーワーネ・アーム(公謁殿)、ディーワーネ・カース(私謁殿)、王室浴場、庭園を擁す
南アジア・デリー
1661年〜1715年
ルイ14世のヴェルサイユ宮殿建設
「太陽王」ルイ14世がフランス絶対王政の象徴として建設した世界最大級の宮殿。主設計はル・ヴォーとマンサール、庭園設計はル・ノートル。鏡の間(ガラリー・デ・グラス)は長さ73m、357枚の鏡を配した壮麗
フランス・ヴェルサイユ
17〜19世紀
イースター島の文明崩壊とモアイの倒壊
16-17世紀にかけてイースター島の森林が完全に消滅した後、氏族間の戦争が激化しモアイが組織的に倒壊された(フリ・モアイ)。鳥人崇拝(タンガタ・マヌ)の新たな宗教が台頭し、毎年オロンゴ村でマケマケ神へ
太平洋・イースター島
1794年〜1796年
正祖の水原華城建設
朝鮮第22代王・正祖が父・思悼世子(荘献世子)の墓を水原に移し、その周囲に新都市・華城を建設。丁若鎔(茶山)が設計を担当し、挙重機(クレーン)を用いた当時最先端の建設技術を導入。城壁の総延長は5.74
朝鮮・水原
1802年〜1945年
フエの阮朝王宮とベトナムの宮廷文化
阮朝の初代嘉隆帝(ザーロン帝)が北京の紫禁城を範に築いた大内(紫禁城)を中核とする宮殿群。太和殿が正殿で、儒教的な宇宙観に基づく厳密な空間配置。ベトナム戦争のテト攻勢(1968年)で大きな被害を受け、
ベトナム・フエ
1814年(再発見)〜1983年(修復完了)
ボロブドゥールの再発見と修復
1814年にイギリス統治下のジャワで「再発見」されたボロブドゥールは、オランダ植民地期に部分的修復が行われ、1973-1983年にUNESCOとインドネシア政府の共同プロジェクトで大規模修復が実施され
インドネシア・ジャワ島中部
1960年
ブラジリア建設と遷都
ジュセリーノ・クビチェク大統領の「50年の進歩を5年で」のスローガンのもと、1956年から約41か月の突貫工事で建設された計画都市。都市計画はルシオ・コスタが設計し、飛行機の形をした「パイロットプラン
南米・ブラジル
2019年
パガン遺跡群の世界遺産登録
パガン朝(1044-1287年)時代に建設された約4,000の仏教建造物のうち約2,000が現存。アーナンダ寺院(白亜の十字形平面)、タビニュ寺院(パガン最高の65m)、シュエジーゴン・パゴダ(金箔の
ミャンマー・バガン